お昼寝の前に

 この人は何を言っているのでしょうか?

 昼寝というと、あの昼寝でしょうか。

 午睡、仮眠、シエスタ。


「はあ、お昼寝ですか?」


 黒髪を指でくるくると巻きとって首をかしげる。

 なにかよく解らないものを目にしたり、耳にしたときにする私の癖だ。


「お前さん、俺が何か自分で言ってたじゃないか。意外と鈍いな」


「あっそうでした。シリウスさんは、夜になると狼になるのでした」


「レディの前でははばかられる行いだがね」


 「鈍い」と言われてむっと思いましたが、無礼は許しましょう。


「でしたら、こうしましょう」


 私は地面に生えている草から、つたを持つものを探して、それを編み込んで、簡単な紐を作る。


 なかなかの野性味があるが、これでいいだろう。


「あん?」


「鈍いですね。人狼の姿に変わったら、呪符をどこに身に着けるんですか」


「おぉ、そりゃそうだ。ははっ、よく気が付くな、白魔女さんは」


 お返しのつもりのイヤミでしたが、普通にいなされてしまいました。

 ちょっとは悔しがってくださると思ったのですが。


 いえ、これは大人げなかったですね。


「こんなものでどうでしょうか?」


 シリウスさんの首にツタの紐で、「矢逸らし」の呪符をさげる。


 人狼になった彼がどれほど大きくなるかはわかりませんが、これより首が太くなることはないでしょう。


「おお、上出来だと思うぜ。……あー」


「……なんですか?」


「いや、何か、この調子でいいのかと思って」

「俺って女と話したことが、その、あんまないからな」


「はあ?」


「普通に野郎どもや、兄弟たちと話す調子で、いいもんなのかと、そういうことだ」


「なるほど、独りで寝るのが長く続いてたと」


「歯にモノが詰まったような言い方するね」


「つまり彼女さんが――」


「あーあーあー聞こえない」


「まあ、いいんじゃないでしょうか?」


「そうか?ならいいんだが」


「私も、おヒゲを整えた方がされるように、蝶よ花よと、まどろっこしい話し方をされるのは嫌いです」


「そいつは助かるね、俺は花の名前なんか知らないからな」


「お肉の名前には詳しそうですよね」


「ハハッ、いいな、それなら気が合いそうだ。――じゃあこんな話はどうだ?」


 私はシリウスさんと酒場で出される料理の話や、騎士見習いとしてお仕えに出た家のご主人狩りの話、遠い異国の果物の話なんかで盛り上がりました。


 シリウスさんはお若い様子ですが、これでなかなかに広い世界を見ているようで、私の知らないような国や町のお話にいろいろとお詳しいようです。


 しかしまあ私たち、敵地の前で何をしているんでしょうか。

 まあ、緊張するよりはいいですけどね。


「白魔女さんはあれか、やっぱ魔女の家からあんまり出ない感じなのか?」


「……ははぁ、お菓子の家で子供を待ち伏せするみたいなのを想像してません?」


「違うのかい?」


「心外ですね。そういうのは『黒魔女』がすることです。私は失せ物探しとか、病気を治したり、お守りを作ったりなんかしてます」


「ふぅーん、なんかこう、雷をバーッと起こしたり、イナゴの大群で畑を、メチャメチャにしたりとか、人をトカゲにしたりとかしねぇの?」


「何ですかその邪悪の権化。そんなことして何の得があるんですか」


「……確かに」


「黒魔女だってそこまでハチャメチャで無意味な破壊はしませんよ、たぶん」


「――じゃあ、俺は?ふるーい先祖の受けた魔女の呪いだったりしねえの?」


「あっどうなんでしょう?あるかもしれませんし、無いかもしれませんね?」


「歯切れが悪いなあ。どういうことなんだ?」


「えーっとですね、いろいろと難しいんです。ご家族全員が変身します?」


「うんや、一族にたまーにでる。うちじゃ先祖返りって言ってるな」


「先祖返り……なるほどなるほど。男系、女系、どっちにその人狼化の症状が出やすいとか、わかります?」


「うーん、実家は勘当されたからわかんね。なんか意味あるの?」


「ほら、呪いだったら普通、ご家族全員に影響が出ると思いませんか?」


「あ、そっか、じゃあ呪いじゃなくて、それ以外の何か……?」


「生まれながらの、部族とかの血筋、外から入った血筋、色々考えられますね。人狼化が血統に由来しているとなると……、多分、どうしようもないですね」


「えぇ―、マジかぁ……」


「うーん、シリウスさんの幸せの為には、同じ人狼の女の人を探すとか、そういう必要がありそうですね~?」


「お前の歯を見せろぉ!!って町中の女に迫ってまわるの?どんな変態だよそれ」


「想像するとかなりの危険人物ですね……」

「あっ、今から歯科医を目指すというのはどうでしょう?」


「俺、生まれてこの方、歯が抜けたり、虫歯になったことないんだけど、これってさ、人狼の特性だったりする?」


「あー、その可能性は高いですね。となると歯科医もダメそうです。これは八方ふさがりかもしれません」


「名案が出るまで横になるとするか。白魔女さん、俺らの気配を消す魔法とかそんな便利なの、あったりする?」


「はい、一応は」


「じゃあ頼む。俺は寝る」


 そこまで言うとシリウスさん、返事も待たずに横になっちゃいました。

 うーん、豪胆ですねえ。


 ――いや、この方は大ケガをしたばっかりでした。

 起きているのがつらいのかもしれませんね。


 「姿隠し」をして、しばらくじっとしておきましょう。


「我、寄る辺なき音とともにあり、落ちる影と添い寄らん、『クローク』」


 これで私たちは、見ようとするとさらに見えず、聞こうとしてもまるで聞こえない存在になりました。そうですね、後は――


(お願いしますね)

(キュルッ)


 使い魔のトカゲさんに、イタチさんを見張っていてもらいましょう。

 何かあればこの子が知らせてくれます。


 それでは、月が登るまでの間、私もお昼寝といたしましょうか。


 私はすっと灰色帽子を下げて、陽光から目をかばうひさしを作った。


 ――おやすみなさい。

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