第3話 発見したのは?

駅まで10分の道のりを、蓮はひたすら下を向きながら歩き続けた。

傍からみれば、受験に失敗した学生だが、蓮にはそんなことを考える余裕もなく、「ない、ない、ない、どこにもない」と呪文のように呟き続けた。


家に置いてきた可能性もあるのだが、家の鍵を持ったときに財布を掴んだ記憶がある。やはり落としたと考えるべきだろう。

しかし、どこで落としたのか見当もつかない。電車でスリに遭っていたのかもしれない。

財布に入っていたのは千円札が4枚と小銭、あとは免許書に保険証とクレジットカード。それからポイントカードが何枚か入っていたはずだ。

クレジットカードはすぐに連絡して使用できないようにしてもらったのだが、免許証と保険証を作り直すとなると、手間と金がかかる。

「もう嫌だ」蓮は泣きべそをかきながら、大学の近くにある交番に行き、財布の落し物が届いていないことを聞くと、肩を落として遺失物届けを書いた。


もはや授業にでるどころではない。駅で財布の落し物が届いていないか尋ねたが、届いていないとのことだった。

日本では財布を落とした場合、60%の確率で返ってくるらしいのだが、それも当てにならない。蓮は授業に間に合うように家を出たのに、そのままとんぼ帰りをした。

最寄りの駅で降りると、念の為に近所の交番にも顔を出して財布の落し物について尋ねたが、やはり届いていなかった。


足取りが重い。よりもよって2度目の3年生の初日に財布を落とすとは。

悔やんでも仕方がないのだが、蓮は悔やまずにはいられなかった。

家に帰る間もずっと下を向いて歩いていたのだが、落としていたらもうとっくに拾われているだろう。

玄関を開けて、すぐ左の自室に入ると蓮は頭からベッドにダイブした。

ついていない、こんな調子で本当に卒業できるのか?蓮の頭の中では不の連鎖が止まらなかった。



いつの間にか眠ってしまっていたようだ。力なく起き上がり時計を見ると丁度5時になるところだった。

免許証と保険証、どちらから再発行するべきか・・・費用はネットで確かめないと。

焦りと苛立ちで体を蛇のようにくねらせていると、ガタッ、郵便受けに何かが落ちる音が聞こえる。多分、配送業者か、迷惑なチラシだろう。

蓮は立ち上がると、自分宛の荷物が届いていないか、確認することにした。

玄関のドアですら重く感じる。ゆっくりとドアノブを回すと、誰かの背中が見えた。

背中ではないが、その人が着ている衣服に見覚えがある。

「ちょ、ちょっと待って!!」蓮が大声をあげると、ゆっくりと連の自宅から離れようとしていた人間がピタリと止まった。


蓮は何かを感じとり、走って郵便受けに向かった。

ある、間違いなく蓮の財布だ。さっきの物音の正体はこれだったのか。

「これ、俺の財布だ!ねえ、今、君がこれを届けてくれたんだよね?」

「あ、あの、落としたみたいだから届けにきました」

まるでギリギリと音を鳴らすゼンマイ仕掛けの玩具のように、ぎこちなくこちらを振り返った人間は、やはり今朝会った女子高生だった。

「助かったよ、本当にありがとう」蓮は駆け足で女子高生に近づくと、両手を掴んでブンブンと何度も縦に振った。

「あ、あの、手を離してもらってもいいですか?」

「ああ、ごめん、ごめん」

手の届く距離で見る女子高生は、窓越しだったのでよくわからなかったが、思っていたよりも小柄な少女だった。挙動不審なのは変わらないが、澄んだ綺麗な瞳をしていて、蓮にはやはり可愛いく思えた。

「ねえ、財布はどこに落ちていたの?」蓮はもう離さないというように大事に財布を抱き締めながら問い掛けた。

「ええと、この道の途中で見つけました」女子高生は駅に向かう100メートルほどある正面の道路を指さした。


「まさかこんな近くで落としていたとは・・・とにかくありがとう!あ、名前を教えてもらってもいいかな?俺は水瀬、水瀬蓮」

「わ、私は柊木真乃ひいらぎまのです」

「柊木さんは、最近引っ越してきたんだよね?」

真乃は返事をせずにコクっと頷いた。

「学年は?今、何年生なの」

すると、真乃は指を三本立てて見せた。

「そうか、3年生なんだ?俺も3年生なんだ。まあ、大学なんだけどね」

会話が成立していないが、蓮には見つからないと思っていた財布がみつかったので興奮して、そのことに気がつかなかった。


「ああ、そういえば、今朝方、お金に気をつけたほうが良いって言っていたよね?

蓮の言葉に真乃の顔が急にパッと明るくなった。

「お、覚えていてくれたんですか?」

「覚えていたんだけど、結局、落としちゃった」蓮は申し訳なさそうに頭を掻いた。

「で、でも、ある程度、予想はついていたので・・・」

「どういうこと?」

「変なこといいますけど・・・」そこで真乃は言い淀んだ。

「私、少しだけ先の未来が視えるんです。だから、水瀬さんが財布を落とすことはわかっていたんです。でも、そこから先は集中しないとわからなかったので・・・」

「へえ、そうなんだ」

財布を拾って貰えたのは有り難いが、真乃の言っていることが理解できない。真乃はもしかしたら「不思議ちゃん」か「痛い子」なのかもしれない。とりあえず、蓮は愛想笑いをしておいた。

「水瀬さん、信じていないですよね?」真乃にはお見通しだったようだ。

「いや、そんなことはない・・・と思うよ」

「変なことを言ってすいませんでした。失礼します」真乃は蓮から離れると駆け足で家に入ってしまった。


参ったな、せっかく財布を拾ってもらったのに、お礼もろくに言えていない。

蓮は真乃が拾ってくれた財布を大事に抱え、何度も後ろを振り返りながら部屋に戻って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る