第6話 木村卓美の活動報告より(2)

「なんや、一番で帰ってきてもうたら、オレの活躍する場がないやんけ」

 頬を上気させて走ってくる燐ちゃんに対して、そんな軽口をたたく。


「油断して、大逆転されないでくださいよっと」

 バトンを受け取る。


「せやで。すぐ追いついたるから、必死で走っとくんやな」

 帝王寺高校の第三走者、モッチーこと持田国恵が言う。


 一年生のド素人をアンカーにして持田にぶつけて意表を突く作戦が台無し。なんでモッチーも第三走者やねん。オレのこと好きすぎやろ。ていうか、なんでわかった……?


「まぁええわ」

 地図を確認。最初のターゲットをロックオン。


「ほなお言葉に甘えて」

 容赦なくロケットスタート。


 登りでの出力はほどほどにして後半に体力を残そうとか、そういうこざかしいことは考えない。最初から全力全開クライマックス。後半は自然とアドレナリンが出るっしょ、という脳みそ筋肉状態。


 スピードに乗ると、木々が後ろにすっ飛んでいくように見えて気持ちがいい。だいたい予想通りの位置に最初のチェックポイントが現れる。苦手な読図も順調で今日は調子がいい。


「イコカで行こかっと」

 ポイントにカードをかざす。この掛け声、関西に来たばっかの天にはわからんやろなぁ。


 出発前に聞いたところによると、現在の順位は楠木、帝王寺、華大附属、千亀利……。帝王寺の第三走者は部長の持田。華大と千亀利は部長級をアンカーに残しておくようだった。


「実質、持田と一騎打ちか~」

 というのは傲慢だろうか。しかしその想像はオレをワクワクさせた。


「ピッとタッチしてパッ!」

 第二のチェックポイントも難なく一番乗り。池の上を吹く風が気持ちいい。


「次は山頂までひとっとびしますか」

 独り言も風に乗って消える。

 さびしいなぁ……。

 ちょっと待っててやるかなぁ。

 というのは冗談。天のためにぶっちぎり一位で戻ってやらなアカンからな。


「うおぉ」

 この交野山山頂には観音岩と呼ばれる巨岩があった。天には下見をお勧めしておいて、オレは初見だった。次にどんな景色が見えるのかっていうワクワク感も、オレのスピードの原動力になるから、できるだけ事前の情報は入れないようにしている。用意周到の燐ちゃんとは真逆だ。


「これはイカンなぁ……」

 テンションが上がってまうやないか。この景色は、陸上では見られない。


「はっはっは」


 おそらく今日の大会参加者が誰もやらなかったであろうことを、オレはやる。

 目の前にある第三のポイントにカードをかざすでもなく、巨岩の上に仁王立ち。


「お前……何やってんねん」

 やっとツッコミ役が現れた。帝王寺高校の第三走者。部長の持田国恵。


「ライバルを待つのにぴったりな場所が見つかったとおもてな」

「ライバル……ね。『うさぎとかめ』のうさぎ気取り?」

「さすがに居眠りする暇はなかったなぁ」


 自分のことを自信過剰なうさぎだと思っていたわけでも、持田のことをかめさんだと思っていたわけでもない。ただただ勝負がしたくて待っていたのだ。


 天のためにぶっちぎり一位で帰らなければならないというミッションは、一応覚えている。覚えているけど……


「オレは、戦う相手がいないと上手く走られへんからな」


 第三のチェックポイントを挟んで対峙する。


「わかった。ライバルという言葉は、そのまんまの意味で受け取っとくわ」


 ほとんど同時に、ポケットからEカードを取り出す。


「ほな行くで、モッチー!」

「勝負や、たくちゃん!」


 同時にピッ! と二人分の音がする。


 その音も置き去りにして、全力疾走。


 山道は狭いから、一本道なら先に身体をねじ込んだ方が基本的には有利だ。


「おりゃ」


 そこはオレが先に行かせてもらう。尾根道を飛ぶように駆け降りる。なんならちょっと飛んでるかもしれない。


「いつまでも……」

「あん?」

「いつまでも、後ろにいると思うなよ!」


 背後にあったはずの、持田の気配が消える。


「お?」

 ちらっと振り返る。いない。


「お!」

 前に視線を戻す。いる!


「なんや、どんな技をつこたんや!」


 急な下り坂が右へ左へ連続で折れ曲がる。坂道が急すぎるときは、滑落を防ぐために道はジグザグになるものだ。ランナーにとっては迷惑な話だが、一般的に山道は歩くものであって、走る人口の方が少ない。


「『九十九折つづらおり蒼帝そうてい』それが現帝王寺高校部長の二つ名や」

 急に格好つけて名乗る持田。


 くっ……悔しいけど――


「――かっちょええ!」


 目にもとまらぬ反復横跳びのようなステップで、ジグザグな道を進んでいく。スピードが落ちないどころか上がっていく。


「こんな九十九折の下り坂で勝負を挑んだんが間違いやったなぁ!」


 オレの後をちょこちょこついてきていたモッチーは、もうそこにはいなかった。


「持田まで陸上やめる必要はなかった。べつにオレに合わせてもらわんでも、ついてこんでもよかったんや……」


 これは半分独り言。たぶん持田の耳まで届いてはいない。そういうボリューム。


「せやけど、安心したわ……」


「いつまでも、後ろにいると思うなよ!」というその言葉。


「『九十九折の蒼帝』それが現帝王寺高校部長の二つ名や」というドヤ顔の名乗り。


 持田国恵。お前というやつは……


「めっちゃノリノリやないかい!」


「は? なに?」


 戸惑う持田。ゲラゲラ笑うオレ。


 持田がオレを追いかけてきてるだなんて、それこそ自信過剰の傲慢だった。

 きっかけこそオレだったかもしれないが、モッチーは帝王寺高校オリエン部で、部長として、オリエンテーリングをめっちゃ楽しんどる!


「おもろなってきた!」


 目の前にどんな景色が広がっているか知らない方が、ワクワクする。

 目の前に誰かがいた方が、追い抜いてやろうという闘争心が湧いてくる。


「そういえば、オレにも『木々の疾風オフロード・スプリンター』っちゅう二つ名があったわ!」


 脚の筋肉が爆発する。

 もちろん比喩表現やけど、脚にブーストつけたくらいの気持ちで加速する。


 加速、加速、加速。

 でかい木だけ避けて、藪は飛び越える。

 ジグザグの道は無視してまっすぐ進む。


 道なき道を進んでもいいのが、オリエンのおもろいところや。


 それはオレが天に教えたかったことであり、オレがツグミ先輩から教わったことや。

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