第3話 駅伝とクローバー
月曜祝日、こどもの日。ゴールデンウィーク最終日。
午前九時。我々は一度、楠木高校の部室で集合する。部室はご存じ倉庫なので、とても他校の生徒をお招きできるキャパシティを持ち合わせていない。というか、馬鹿にされるのがオチだ。したがって集合は
「天ちゃんは実戦形式でやるの初めてやから、ある程度事前にレクチャーしとかなあかんね」
緊張気味のあたしの顔を見て、風子先輩が言う。
「レクチャーゆうても、もう教えることはほとんどないけどなー」
部室のパイプ椅子にもたれかかって、卓美先輩が面倒そうに言う。身体を動かすこと以外では基本的にやる気を出さないのかもしれない。
「確かに。読図は私とみっちり特訓しましたし、脚力の方は卓美と風子が鍛えてくれたことでしょう」
燐先輩はしゃべりながらも英単語帳から目を上げない。
「まぁまぁ、天ちゃんは初めてなんやから~」
風子先輩だけが優しい。
まぁ所詮は「模擬」なのだから、そんなに緊張することはないのかもしれない。あたしも春季大会前に練習ができてラッキー……くらいに思えばいいのかも。
「とりあえず山ん中走ってフラッグ探して戻ってくるだけや。簡単やろ?」
「まぁ、それはさすがにわかってますけど……」
卓美先輩の簡単すぎるレクチャー。
「とはいえ、基本形式は大きく分けると三つあります」
燐先輩は英単語帳をパタンと閉じ、代わりにちょっと年代物のオリエンテーリングガイドブックを棚から引っ張り出す。説明する気になってくれたらしい。実に頼もしい。
開いたページにその三つが示されている。
〇ポイント・オリエンテーリング
〇ライン・オリエンテーリング
〇スコア・オリエンテーリング
「ふむふむ、わかりませんね」
ポイントとスコアってなんか意味違うのか? ラインはなんとなく違う気がするけど。
「ポイント・オリエンテーリングが基本ですね。よーいドンでスタートして、地図を見て、指定された順番でポイントを通って、規定時間内にゴールする形式です」
「決められてるのは各ポイントを通過する順番と時間だけ。あとはどんなルートを取ってもいいんよ」
「オレ好みの形式やな」
進む道は自分で決めるってやつだ。
「基本的にはかかった時間の短い順に高得点が入っていく仕組みです。しかしポイントを通過できていなかったり、通過する順番を間違えたりすると、ペナルティとして一定の時間が足されてしまいます」
「なるほどー」
聞けば聞くほど、「フラッグ探して帰ってくるだけ」ではない気がするが。
「ライン・オリエンテーリングはその名の通り『ライン=道』が地図上で決められているものですね。先ほどのポイント・オリエンテーリングとは違い、地図上にポイントの場所が示されていません」
「えっ?」
「どこかは書いてないねんけど、ちゃんとライン上に出てくるんよ。せやから、指定された道からズレると、ポイントを見つけられへん」
「ちょっとオレの好みではないな」
でしょうねー。
「道を決めておいた方が、運営上安全ではありますね。飯盛山のような低山ではなく、もっと本格的な山でやるときとか、登山の大会ではこの形式が主かと思います」
登山の大会なんかあるのか……と思ったけれど、話がそれそうなので今は黙っておく。三つ目はなんだっけ?
「三つ目はスコア・オリエンテーリング。エリア内にポイントをたくさん設置して、制限時間内にどれだけ回れるかを競います」
「スタートからの距離、標高差、方向決定技術を考えて、各ポイントに異なる点数がつけられんねん。つまり、簡単なところは低い点、難しいところは高い点。簡単なところをたくさん集めるもよし、高得点を狙ってチャレンジするもよし。戦略的なゲームになるってことやね」
燐先輩&風子先輩の説明。戦略的といえば、燐先輩が得意そうなイメージ。
「ワクワクする形式やけど、オレは激ムズ高得点のポイントばっかり狙ってまうから、結果的には苦手なやつや」
高難度ポイントばかり挑戦して制限時間内に帰ってこられない卓美先輩の姿が目に浮かぶ。勇猛果敢すぎるのも考えものだ。
「いろいろ言いましたが、基本的に大会はポイント・オリエンテーリングで行われますので、とりあえず最初にお話ししたことを押さえてください」
「はい」
「他の形式も、大会終わったらやってみよな。楽しいと思うで~」
「はい!」
そうだ。春季大会とかインターハイとか、帝王寺高校とか、なんだか大変なことばかりだったけれど、スポーツなんだからまず楽しまないと。思考をポジティブにしていく。
「それで、基本のルールは先ほど説明した通りですが、チーム戦ということで、さらにバリエーションがあります」
「四人で仲良く歩く感じではないんですよね」
というのは、さすがにわかる。
「そうですね……最後に得点を合算するわけですが、そこまでは個人戦の色が濃いです」
「春季大会とかインターハイでは、ポイント・オリエンテーリングのルールをもとにして、リレー・オリエンテーリングになることが多いね」
「リレーやから、個人戦とはちゃうで。バトンをつなぐ、熱い団体戦や」
元陸上部から一言。卓美先輩は基本的に感想を述べるだけで、説明する気はないらしい。まぁ燐先輩と風子先輩の説明で十分だけれど。
「リレー形式をさらに分けると二種類。駅伝形式とクローバー形式です」
「駅伝はわかると思うけど、スタートからゴールまでの間を四つの区間に分けてそれぞれの区間をそれぞれの担当が走るってことやね」
「ちなみに今日の模擬戦はこの駅伝形式でやるで。各区間のポイントは一つ二つの短いバージョンやけど」
スポーツ全般に興味関心のないあたしだけど、さすがに駅伝がいかなるものなのかはわかる。箱根で大学生が走っているアレじゃん?
「クローバー形式というのは……?」
燐先輩がホワイトボードに向かう。
「スタート地点にチーム全員が集まります」
スタート地点とおぼしき二重丸が書き込まれる。
「第一走者が、あるエリアのポイントを集めて帰ってきます」
二重丸からペン先が出発し、輪を描いて最初の位置に戻ってくる。
「そして第二走者」
またペンが滑り出し、別の輪を描いて戻ってくる。
「バトンタッチして第三走者、第四走者。皆別々の区間を走って、もとの場所に戻ってくるわけです」
第四走者役のペンが帰ってきたとき、ホワイトボードには四葉のクローバーができている。なるほどそれでクローバー形式というわけだ。
「お、そろそろ行かな。集合時間に遅れると持田のやつが暴れるかもしれへん」
本日の集合場所は
午前十時。伊勢神宮から贈られたという立派な鳥居をくぐると、すでにそこには帝王寺高校四天王の姿があった。メンバーのおさらいといこう。
「なにのんびり来てんねん。客を待たすなや」
ベリーショートの髪型で、男と見間違いそう。四人の中ではいちばんバランスのとれた筋肉をお持ちの部長。
「ちゃんと待ち合わせ時間に間におうとるやろ。ごちゃごちゃぬかすな」
卓美先輩の宿敵。かつて同じ中学の陸上部メンバーであったそうな。
「まぁまぁ、出会い頭に喧嘩しないの」
ロングヘア高身長お姉さんの副部長・
「どうも、こんちわッス」
ヘアバンドで髪をかき上げた、四天王の中でもひときわ筋肉の発達が著しい
「こんちゃーッス!」
この中ではいちばん下っ端なので、とりあえずあたしも元気にあいさつしておく。中学時代、体育会系の経験はないのだが、こんな感じで合ってるのか?
「こんにちは~。気合入っとるね、天ちゃん」
馴れ馴れし……親しげに声をかけてくれるのは、卓美先輩とは方向性の違う可愛い系イケメンの
「さてさて、みなさんお揃いですね」
四対四でにらみ合っているところに、二人の大人が登場する。一人は我らの顧問・
「ほなとっととやるでぇ。今日は久々に和子の姐御と飲みに行くんやからなぁ、はよ終わらせないかん」
帝王寺高校四天王に負けず劣らずマッチョなおば様。金色のラインが入った黒ジャージを着こなし、青みがかったサングラスをかけている。帝王寺高校って、もっと由緒正しい系の先生ばかりかと思っていたけれど、こりゃ元ヤンに違いない。飲みに行くって、まだ午前中だけど。
「中田先生、あまり生徒の前でそういうことを言うのは……」
「すんまへん。ちょっと浮かれてもうて」
帝王寺高校オリエンテーリング部の顧問・
「それではさっそく、必要なものを配布しましょう」
「押忍」
本田先生が目くばせすると、中田先生がトートバッグからジップロックを人数分取り出す。受け取ったジップロックには地図と一枚のカードが入っている。
「今日は駅伝形式のリレー・オリエンテーリングです。その地図は、各区間のスタートとバトンパスの地点を示しているだけです」
この四條畷神社から山裾に沿って少し歩いたところにある御机神社がスタート地点。川沿いに斜面を登っていく第一区間。水飲み場を経て山中の
「ポストは各区間に一つずつ設置してきた。その場所はマスターマップにだけ記してある」
ポストというのは、オリエンテーリングで使うオレンジと白のフラッグを設置した場所のことだ。中田先生の手元には二枚の地図。あたしたちに配られたものとは違うらしい。
「このマスターマップは、スタートと同時に第一走者へ渡す。その後はこのマップをバトン代わりにリレーをしてもらう。君らはあらかじめ自分の走る区間を知っているが、どこにフラッグが隠されているのかは、バトンが渡されてはじめて知ることができるっちゅうこっちゃ」
ふむふむ、なるほど。して、ジップロックに同封されたこちらのカードは……?
「それはEカードです。コントロールユニットにパンチングをしてください」
あたしの表情を読んで、本田先生が説明してくれるが、謎の用語が出てきたぞ……Eカードは知ってるけど、パンチングとは?
「パンチングは通過証明のことです。イコカみたいにかざすだけでいいんですよ」
小声で燐先輩が補足してくれる。
「なるほどスイカみたいなやつですね。拳でパンチしなくてもいいんだ……」
なんだこの会話、通じているのか通じていないのか……交通系ICカードも全国統一すればいいのに。でもまぁ、みんな違ってみんな良いよね。
「ほんなら、さくっと走順決めてくれや。制限時間五分!」
中田先生の合図とともに、チームどうし固まって作戦会議。
「第一区間は直線のスピード勝負ですから、卓美でしょうね」
作戦とか考えるのはやはり燐先輩の役割のようだ。
「あんまおもんなさそうな区間やけど、しゃーないな。スタートダッシュで差ぁつけといたるわ」
おもんなさそうなどと言いつつ、スピード勝負と聞いてニコニコしている。わかりやすくてカワイイ。
「第二区間は私がつないで、山頂前の登りは風子でしょうね」
おやおや、あたしの名前が出てこないぞ?
そうか
「ほな、最後の下りは天ちゃんやね」
風子先輩があたしの肩にソフトタッチ。
あー、やっぱオリエンにベンチはなかったか。
「えええ、いきなりアンカーですかぁ? 荷が重いっす」
とは言いつつ、この区間割だと、あたしの強みが生かせるのはたしかにココしかないのだった。
「オレらが大差付けてバトンつないだるから、大船に乗ったつもりで待ってたらええ」
などと話しているうちに、五分経過。
「よし、走順に並びなさい」
第一区間、
第二区間、
第三区間、
第四区間、
「それでは、各自スタート地点に移動しましょう。第一から第三走者は私とともに御机神社経由で行きます。第四走者はこちらの四條畷神社裏の登山道から行った方が早いので、中田先生誘導お願いします」
「ウッス。行くぞ一年ども」
第一から第三区間のスタート位置はみな、ここから見て山の反対側だ。あたしと藍ちゃんだけが中田先生側になる。
「ウッス」
「オイッス」
あたしと藍ちゃんはつられて返事をし、ヤンキーっぽいジャージの後ろに従う。
「第一走者の出発は午前十一時ちょうどとします」
「がんばろな~」
「健闘を祈ります」
「おっしゃスタート地点まで競争じゃ!」
「まだ始まってませんよ!?」
にぎやかな声が遠ざかっていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます