第五章 もぎせん!

第1話 梅ダンジョン

ショーコ「梅田って駅いくつあるんだよ」11:05


既読11:05「え、わかんない」


ショーコ「どこ行けばいいわけ?」11:06


既読11:07「だからJRの大阪駅でいいんだって」


ショーコ「大阪って新大阪と違うの?」11:08


既読11:10「そりゃ違うよ。横浜と新横浜も違うでしょ?」


ショーコ「たしかに……いや、そうじゃなくて。とりあえずJRで大阪ってのを目指せばいいんだね」11:10


既読11:11「そうだよ」


   ◇◇◇


 五月の三、四日は、部活がオフになった。五日の模擬戦に向けて身体を休めろということらしい。


 そしてそのことをショーコに話すと、大阪見物に行くから案内しろと言う。

 まだ引っ越してきてから一か月しか経っていないし、何の因果か女子オリエン部に入ってしまったために、帰宅部だった中学時代には想像もつかなかったほど忙しくなり、あたし自身大阪見物などできていなかった。


 とりあえず、梅田だな。聞いたことあるし。オシャレな感じするし。

 ということで、梅田でショッピングでもするかーということになったのだけれど、そんなアバウトな指定をしたために、東京っ子ショーコこと滝川たきがわ翔子しょうこに混乱を与えてしまった。


 梅田駅という駅は、たぶん三つくらいある。グーグルマップによると、阪急大阪梅田駅、阪神大阪梅田駅、地下鉄梅田駅。そして、それとは別にあるJRのでかい駅は大阪駅という。新幹線の到着する新大阪駅から梅田に行こうとすると、数多ある梅田駅ではなく、この大阪駅を目指すことになる。ややこしいことに。


「よっすー」

「おはよー」


 紆余曲折あって、大阪駅中央改札出たところで、とあるSNS上のショーコではなく肉体を伴った滝川翔子と再会する。たった一か月ぶりだけれど、中学の時はほぼ毎日顔を突き合わせていたのだから、かなりお久しぶりな感じもする。


 ローカットのブーツに、デニムのスカート、黒のシンプルな七分袖Tシャツを着て、オレンジ色のキャリーケースをガラガラ転がして――


「って、髪型変わってる⁉」

「ん? ああ、そうね」


 中学の頃、翔子はほんのり茶髪で、背中まで届く長髪だった。しかも気合入れてサラサラヘアーにしていた。


「高校デビューってやつ?」

「べつにキャラを変えようと思ったわけじゃないけど」


 バッサリ切ってショートヘアになっている。ついでにクシャッと無造作な感じに。


そらも、ちょっと雰囲気変わったよ」

「そうかな?」


 あたしも、中学の時は翔子と競うようにサラサラを磨いていた。CMで見るような、艶々した感じ。絹のようなさわり心地、みたいな。他にやることもなし。

 今も黒髪を肩のあたりまで伸ばしてはいるが、走ることが多くなったから、ポニーテールにしてまとめることが多くなった。今日も、なんとなく無意識のうちに一つに縛っている。


「オリエンやってるって、ホントだったんだ」

「そりゃ、嘘はつかないよ」

「なんつーか、健康的になってるよ」

「あらそう」


 なんて、適当なことを話しながら、ショッピングを楽しんだり、梅田の地下迷宮にとらわれたり、カフェでおしゃべりしたりして、夕刻には山川家へ帰った。



 女子高生が一人で新幹線乗ってくるだけでもリッチなのに、ホテルまで取るなんてブルジョワの極みよ、ということで山川家に泊めてあげることになったのだった。

マンションで、そんなに広いわけでもないけれど、女子の一人くらいなんともない。あたしの部屋をちょっと片付けて布団を敷けば寝られる。


「どうも、お久しぶりです。これ、つまらないものですが」

 翔子はご丁寧にお土産を持ってきていた。スカイツリーの形を模したお菓子。


「あらご丁寧に。もうすぐ夕飯できるから、天の部屋に荷物置いてきてね」

 などと、あたしの母親・山川はじめは張り切っている。


「このにおい……ビーフシチューか。母さん気合入ってるなぁ」

 父・山川大やまかわひろしが部屋からのそのそと出てくる。


「いつも通りよ、いつも通り」

 このあったかくなってきた時期に、シチューかよ、と思わないでもないが。


 やたら気合の入ったビーフシチューを食べた後、翔子が先に風呂に入る。その間にあたしは自分の部屋を片付けて、客用の布団を敷く。


 入れ替わりであたしが風呂に入り、部屋に戻ってくると、翔子が中学の時の体操服ハーフパンツ+普通のTシャツという姿であたしのベッドに転がっていた。


「いや、あんたはこっちだから」

 下に敷いた客用布団を指差す。


「まぁいいじゃん。ちょっとだけ……スヤァ」

「寝るなよ!」


 ツッコミを入れつつベッドに近づくと、寝たふりをした翔子がバッと起き上がり、あたしをベッドに押し倒す。


「ふぎゃっ」

 不意を突かれ、変な声が出る。

「…………」

「な、何よ」

 翔子はあたしに馬乗りになって、無言。いやいやちょっと怖いって。


「天、やっぱり変わったね」

「それは昼にも聞いたって」

「なんかちょっと色も黒くなったしさ」

「え、マジ?」


 自分の腕を見る。相変わらずの美白……と思ったが、翔子のTシャツから伸びる細い腕と比べると、少し浅黒くなったような気がしないでもない。


「それに、やっぱりスマートになった」

 翔子の手があたしの脇腹をなぞり、パジャマの隙間からヘソのあたりに侵入する。


「ン、んひゃぁ!」

 腹筋が勝手にビクンと反応する。


「んで、やっぱり脚だね」

 翔子はあたしの上から降り、あたしの右脚をヒョイと持ち上げ、パジャマの布地を太腿あたりまでめくりあげ、つぶさに観察する。


「いや、つぶさに観察してんじゃねー!」

 空いている方の左足で軽くキック。翔子を下の布団に蹴落とす。


「ごめん、ごめん」

 翔子はヘラヘラ笑いながら与えられた布団にもぐりこむ。


「翔子は変わったっていうより、変になった?」

「いやいや、変じゃないよ。これがフツー」

「まぁいいや。梅田さまよったら疲れたし、もう寝よ」

 人ごみの中を歩くのは、山の中を歩くのとは別の疲労がある。

「へーい」

 電気を消して、あたしはベッドにもぐる。


「ねぇ……」

 ベッドの下から、翔子の声。


「何?」

「例の木村卓美きむらたくみって先輩、そんなにカッコイイの?」

 そういえば、今日は一日卓美先輩の話をしていた気がする。今あたしの中でいちばんホットな話題だから、仕方がないっちゃ仕方がないが。


「そりゃあもう、そんじょそこらの男じゃ敵わないくらいカッコいいよ」

「ふーん」

「何だよ」

「何でもないよ……ただ」

「ただ?」

「私もなんか運動しよっかなーと」

「何だそれ、関係ないじゃん」

「まぁね」

「…………」

「…………」

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