第4話 道なき道
五月一日木曜日。新靴の感覚を楽しみつつ、しかし王子様は捕まえられない。
そして五月二日金曜日の放課後。今日で卓美先輩との特訓は終わりということになっている。
そういえば、捕まえられなかった場合、どうなるのだろう?
「捕まえられなかったら? そうやなぁ……」
卓美先輩はふーむと唸りながら考える。
「まぁ、風子と燐に毎日六キロ走らせとるわけやから、同じだけ走らなあかんっちゅうのはどうや?」
「同じだけって、六キロですか?」
「三日分あわせて一八キロや。当り前やろ」
さぶろくじゅうはち……
「一八キロ⁉ あたしには無理です!」
「ハッハッハー。なら、がんばらなあかんなー」
「ていうか、いまさらですけど、鬼ごっこがオリエンの特訓になるんですか? チェックポイントは動かないですよね?」
「お、ほんまにいまさらやな~。せやけどその質問は、頭の悪い中学生が言う「なんで勉強しなあかんの~?」っていう質問といっしょや」
「というと?」
「わかるまでやれっちゅうこっちゃ」
たしかに世の中には、やらないとわからないことがある。
というわけで、最終日もスタート。
円形花壇のところから、風子先輩と燐先輩は反時計回りに公園内を周る。卓美先輩は、今日は二人と逆向き。南へ走っていく。テニスコートのある方だ。
三分後。あたしもスタートする。
今日は馬鹿正直にまっすぐ追いかけたりしない。まずは園内を流れる川沿いに進み、一昨日ずっこけた道へ向かう。少し高台になっていて、中央エリアをある程度見渡しながら南下することができるから、ターゲットとうっかりすれ違ってしまうこともない……はず。
注意深くあたりを窺いつつ、まっすぐ南へ進む。中央エリアに卓美先輩らしき人影はないと判断した。
しかし、南部エリアに入っても、やはり姿が無い。子どもたち用のアスレチックの中、野球場の裏側まで探したが、やはりいない。
そこで、燐先輩が周回コースを走ってきた。
「燐先輩、卓美先輩を見ませんでしたか?」
早速尋ねる。初日に決めたルールによると、周回している燐・風子先輩に、情報を聞いても良いことになっている。
「今日はまだ見ていませんね」
「そうですか……」
ジョギングを続ける燐先輩を見送る。
目撃情報は得られなかったが、「見ていない」というのも有意義な情報だ。
中央エリアを南北に行き来できる道は、大きく分けて三つある。あたしが今通ってきた、真ん中の高いところにある道と、燐先輩が走ってきた西側、水辺のエリアを通る道。そして、テニスコート沿いの東側の道。
消去法で考えると、卓美先輩はテニスコートエリアで留まっていたということになる。あたしは駆け足でテニスコートへ向かう。
テニスコートは二、三面ごとにフェンスで区切られており、フェンスの向こう側でうずくまれば、身を隠すことも可能だ。
「あっ……」
実際に自分で来てみて、わかったことがある。テニスコートとテニスコートの隙間、ある一点から、あたしが先ほど通ってきた高台がちょうど見えるようになっているのだった。
あたしが監視しているつもりが、実は見えやすいところに立って、居場所を教えてしまっていたというわけだ。卓美先輩はこの位置から、あたしが南へ行ったことを確認し、おそらくは逆に、北へ向かった――
「あぁぁ……あたしのバカ……」
考えてみれば、鬼から逃げる方も、がむしゃらに逃げるより、鬼の位置を把握しながら逃げた方が、精神的に楽だ。
そうこうしているうちに、風子先輩が走ってきた。燐先輩よりいくらかのんびりしたペースだ。
「風子先輩、卓美先輩を……見てないですよね」
並走しながら尋ねる。
「せやね~、見てないわ」
「ですよねー」
「鬼さんも、逃げる方の気持ちを考えてみたら、ええんとちゃう?」
風子先輩はにこやかにそう言って、相変わらずのペースで走っていってしまう。
「卓美先輩の、気持ち……」
逃げる方も、鬼を監視していたい。隠れるよりむしろ、鬼を早期発見するポジションを取りたい。
だとすると、北部エリアに向かった卓美先輩の、次のアクションは何だろう?
再びマップとにらめっこする。北部エリアはそのほとんどが芝生エリアで、あまり隠れる場所は無い。
「あ、ここか……」
ひらめいた。少し嬉しい独り言。
北東部に、「とりで広場」と呼ばれるアスレチックコーナーがある。おそらくだが、この「とりで」に登れば、芝生広場およびその周辺を監視することができる……。
――よし。
そうと決まれば、走る。あくまで確証はないが、あまり時間もない。
とりで広場の裏手に、一本だけ細い道がある。その道と、園外とを隔てる広葉樹の並木に隠れつつ、とりで広場に近づく。
オリエンは、道なき道を通ったっていいのだ。
背の低い草木の間を匍匐前進で進む。スーパー怪しい人じゃんと思うけど、まぁいい。もう時間はない。恥も外聞もない。背水の陣!
茂みの中から、とりでを見る。とりでアスレチックのいちばん高いところに、卓美先輩は仁王立ちしていた。やたら仁王立ちが似合う系女子だ。
先輩は、アスレチックをのぼってくる少年少女にいぶかしがられながら、しかしそれをまったく気にする様子はなく、芝生広場の方向を監視していた。
――予想通り。
静かに息を整え、こそこそととりでに近づく。先輩はずっと広場の方を見ていて、こちらには気がつかない。いいぞ……。
が、その時だった。
「あ! またJKが来たぞー」
「いい年こいてとりで広場にJKが来たぞー」
伏兵か! と思ったけど、もちろん違う。とりで広場にて遊んでいた善良な小学生である。しかしその声によって、あたしの位置が卓美先輩にばれてしまう。
一瞬、目が合う。
先輩は露骨に「やべっ」という顔をしてとりでの中に引っ込む。籠城するつもりか?
――いや、違う。
すぐに走って、回り込む。とりでの中から芝生広場の方向へ突き出す、一本のすべり台。あれが最短の脱出経路だ。
シャッという音とともに、小学生もドン引きの本気スピードで滑り降りてくる女子高生。だが、あたしの方が一歩速いッ!
「捕まえたッ‼」
「ぐぬぬ……」
というわけで、小学生や幼稚園児に見守られながら、とりで広場すべり台の出口にて、あたしたちの鬼ごっこは無事終わったのだった。
「いやー、負けたわー」
芝生広場に寝転がって、卓美先輩は言う。風子先輩と燐先輩も、じき来るはずだ。
「えへへ」
「この整備された公園で、わざわざ茂みの中から近づいてくるとはなぁ……小学生のころのガチ鬼ごっこを思い出したで」
「それは褒められているのだろうか……」
「褒めとるでー」
卓美先輩は腹筋で上体をおこし、隣に座るあたしの頭をポンポンと撫でる……というか叩く。
「決められた道しか走れへん奴より、アッと驚く道を見つけ出して走る奴の方が、オリエンでは強いんや。それがオリエンのおもろいところでもある」
「だから……」
「ん?」
「だから、陸上やめてオリエンにしたんですか?」
「あぁ……まぁ、せやな。別に陸上が嫌になったわけでもないけど、オリエンの方がおもろそうやって、その時思ったんやろな」
卓美先輩はどこか遠くを見ている。「その時」というのは、卓美先輩がこの高校に来て、オリエン部と出会った時のことだろうか……?
「お、風子と燐が来たで。帰ろか」
「はい!」
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