第四章 おにごっこ!

第1話 文系と理系

ショーコ「もう文系か理系か決めた?」21:45


既読21:46「え、そんなんもう考えるの?」


ショーコ「うちの高校は二年生から文理別れるけど、たまに話題になるよ」21:50


既読21:55「うちもそうだけど……まだ四月じゃん。高校生活はじまったばっかじゃん」


ショーコ「三年なんかあっという間だよ。わたしのまわりはけっこー真剣に将来考えてるっぽいよ」21:58


既読21:59「ショーコはどうすんの?」


ショーコ「わたしは文系かな。英語好きだし、どっかの大学の外国語学部とか考えてる」22:00


既読22:02「へー」


ショーコ「へー、じゃなくてさ。あんたも考えなよ?」22:03


既読22:05「ほーい」


   ◇◇◇


 昔から、といっても十六年足らずしか生きていないが、あたしは将来のことを考えるのが苦手だった。


 幼稚園や小学校で、「将来の夢」という題でお絵描きだか作文だかをやったが、ときに八百屋を描き、ときに会社員と書き、ときにサッカー選手と書いてみたり、とにかくまとまりが無かった。だいたいホントにサッカー選手になりたかったわけがない。たぶんその頃、外国のイケメンサッカー選手にあこがれていただけだ。


 この楠木高校に入学したのも、テキトーだった。ただでさえ将来のことを考えるのが億劫なのに、大阪へ引っ越しして大阪の高校に入学しなければいけないという。母親や学校の先生が勧めてくる学校の資料に目を通し、ほどほどの偏差値とほどほどの倍率の、自分の身の丈に合った学校をチョイスした。まぁ入ってみないとわかんないじゃん? みたいな。


 高校生は文系と理系に分かれる。うん、聞いたことある。そういえば女子オリエン部の先輩方はどっちなのだろう? それは聞いたことが無かった。


 昼休みどこで昼食をとるかっていうのは、高校生にとって結構重要なことであろうと思う。特に女子は。


 あたしは一応ほどよき居場所を見つけていた。クラスの中心というほどキャピキャピした集団ではないけれど、周辺というほど薄暗くもない、そんな、ほどほどなあたしにほどよきほどほどなコミュニティ。


「うちは数学苦手やし、文系かな」

 かく言うは宮之阪みやのさか未央みお。駅で喩えると、大きな駅のすぐ隣にある駅……みたいな。ピンポイントでその辺に用のある人だけが利用する、目立つ方ではないけれど、仲のいい人は良く知っているような、そんな静かさを持った少女だ。


「アタシは理系やなー。国語とか英語とか超苦手~」

 こちらは星ヶ丘ほしがおか七星ななせ。駅で喩えると、なんか名前がキラキラしているけど、それにちなんだイベントがある時しか見向きされない基本田舎の駅……みたいな。七星自身は別に地味じゃないというかむしろちょっとギャルっぽいけど、普段は眠そうにしている。たぶん文化祭とか体育祭で覚醒するタイプだ。


 この二人とあたしの三人が、よく机をくっつけてお弁当を食べる。三人くらいが会話のテンポとしてはちょうど良い。

「え、そんな消去法みたいな選び方でいいの?」


「まぁそうやけど、だいたいみんな、自分の向き不向きとやりたいことやりたくないことって一致してるやん?」

 七星が卵焼きをほおばりながら言う。


「七星、理系にせよ文系にせよ、英語からは逃れられないんやで?」

 そんな七星に未央がちょっかいを出す。


「ほんまグローバル化とかやめてほしいわ~。あたしゃ日本人なんだよ~」

「今、国語も苦手って言ってたじゃん」

「977……074867……」

「だからって数字でしゃべるな!」

そらちゃんもすっかりツッコミがうまくなったな~」


「そういう天はどうすんだよー」

 七星があたしの顔を覗きこむ。


「うーん、まだ決めてないや」


「まぁ、実際決めるのは二学期入ってからやんなー。先輩がゆっとった気がする」

 ちなみにそう言う未央は美術部で、七星はテニス部。なんでこの三人が集まっているのだろう、という共通点の無さ。


「天もオリエン部の先輩に聞いてみたらー?」

「うん、そうだね」

 もとよりそのつもりだった。しかし同級生もすでに文理選択を視野に入れているという事実を知ってしまって、ちょい焦る。



 というわけで放課後。狭い部室。


「ウチと卓美たくみが文系で、りんが理系やで」

 と、風子ふうこ先輩。


「燐ちゃんはな、理系の中でもトップクラスやで。数学の実力テストで校内一位になったこともあるんや」

 と、卓美先輩がなぜか燐先輩の自慢をする。


「燐ちゃんはやめなさい……。卓美だって、同じ実テで数学トップ5に入っていたでしょう」

「え、そうやったっけ?」

「そうですよ」


 なんだこの人たち、実は偏差値高いのか……? 燐先輩はいかにも頭良さそうだけれども。


「ていうか、数学トップ5なのに、文系なんですか?」

「せやで。ちなみに国語は平均点以下やった」

 卓美先輩はそれがどうしたと言わんばかりに胸を張る。なんと極端な人だろう。


「いや、ますます謎が深まりましたよ。どう考えても理系じゃないですか」

「天は視野が狭いのぉ。数学得意な文系がいても、国語得意な理系がいてもええやないか。自分の人生、消去法で選んではいかんぜよ?」

「なんですかその口調は……」

 なぜちょっと竜馬入っているのか。


「もっと言ってやってください、天さん。私もまったく非論理的だと思いますよ」

 燐先輩が言う。


「なんでや、文系の方がおもろそうやと思ったから、文系にした。めっちゃ論理的やん?」

「やれやれ……」

 卓美先輩はヘラヘラ笑い、燐先輩は肩をすくめる。


「敵は強い方がワクワクするやろ?」

 卓美先輩は国語という仮想敵を前にしているようだが、それは敵が強かったというより自分の弱点だったのでは……と思わないでもない。


「まぁまぁ、ケンカしないで」

 風子先輩がいつものように間に入る。卓美先輩と燐先輩はしょっちゅうケンカをしているが、文理論争もその火種の一つだったらしい。以後注意しよう。

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