第4話 森の精密機械
週が明けて、月曜日。
土日で体力を回復し、ふわとろオムライスの力によってちょっと勉強もし(因果関係は不明)、意気揚々と放課後は部活へ向かう。
先輩たちの人柄のせいか、すっかり馴染んできてしまったような気がする。
「こんにち……は?」
部室の扉を開けるが、誰もいない。狭い部室の真ん中、テーブルの上に、何やら紙切れと封筒が一つ、置いてある。
『今日の部活は現地集合です。
封筒の中を確認し、十六時までに来てください。
二年生一同
追伸:部室の戸締りよろしく☆ 』
「…………」
突如与えられた課題に、しばし絶句するあたし。
先週はみっちり読図を教えてもらったものの、なんやかんやで傍に先輩がいたから安心しきっていた。
しかし、そうだった。
本番は自分で地図を読んで、方向を定めて、走らなければならない。みんなで仲良くハイキングするわけではないのだ。最初はそんな感じだと思っていたけれども。
封筒を開け、中身を取り出す。
シルバーコンパスと、
腕時計を見ると、ちょうど十五時。
あたしの脚力だと、山の麓――
丸のついた集合場所は、山の中腹にあった。等高線を見れば、ちょうど二百メートル。ただしいつもの登山道から少しずれて設定されている。途中までは道なりに登ればいいが、どこかのタイミングで読図能力が試される。道なき道を選ばなければならない。
「とりあえず、走りながら考えよう」
あたしはすぐさま体操服に着替え、戸締りをして、いつもの道を走り始めた。
いつもある意味一人で走っているけれども、今日は本当に一人だった。先輩たちは集合場所で待っているはず。
最初は心細さとか、寂しさがあった。
でも走っているうちに、アドレナリンのせいか、それがワクワクに変わってくる。
少年のような好奇心というのか、そんなものだ。あたしは少年だったことが無いからわからないけど。
未知のお宝めざし、地図を片手に冒険へ――と、そんな感じ。
「……ん?」
今、何か怪しげな影が電柱の影に隠れた。ここからグイッと坂を登って、もう少しで御机神社というところ。
「なにしてるんですか……卓美先輩?」
「ど、どきっ」
電柱裏の影がビクッと反応する。
「なにしてるんですか?」
「ちゃ、ちゃうやでー。ワイ、タクミセンパイちゃうやでー」
「…………」
あたしでも分かるほど、エセ関西弁になっている。
「べつに、ちゃんと来てくれるか心配で待っていたわけじゃないんやで?」
観念したのか、卓美先輩が頭をポリポリ掻きながら出てくる。
「そんな、心配してくれたんですね!」
「ちゃうって言うてるやろー」
あたしが目からキラキラ光線を出すと、卓美先輩はあたしの頭にちょこんとゆるいチョップをする。いやん。
「じゃあ、オレは先行くで。十六時に遅れたら、校庭三〇周やからな~」
「えぇ~」
あたしの叫びもむなしく、卓美先輩は相変わらずの超スピードで駆けていく。麓まででヘトヘトなあたしが追い付けるはずもない。
そう、これはあたし一人に課された試練。
一人でも、迷わず走れるように。
神社へ続く石段に座って、息を整える。整えついでに、地図とコンパスを取り出す。
途中までは、ここ二週間で何度か通った道だ。迷わず進むことができるはず。方向も、合っている。
集合場所は、尾根道を登り、一つ小さなピークを越えて左側に見える谷に少し入ったところにある。
地図から読み取ることができる地形を、頭の中でイメージする。
「よし、とにかく行こう」
時刻は十五時三十五分。途中卓美先輩と漫才をしてしまったのが五分程度のロスになっているような気もする。
いや、あれはむしろプラスだ。ご褒美だ。
なぜなら、卓美先輩のやわらかチョップによって、あたしの身体にはパワーが満ち溢れているッ!
大地を踏む。斜面を蹴る。風子先輩に教わったことも意識して、姿勢を正す。背筋ピーン。体重移動に気を配る。時間は気になるけれど、ペースを乱さない。
比較的ゆるやかな斜面を登って、やがて壁のような急坂にぶち当たる。
「あ、ここは……」
燐先輩とはじめて二人で飯盛山へ来た日。さいしょに読図クイズをやったところだ。ここから、この急坂が直線距離にして約一〇〇メートル、高低差でいうと五〇メートル続くのだ。
現在時刻、十五時四十五分。あと十五分しかない。
この急坂は、避けて通れない。ギアを変えて、一気に登るしかない。
「すぅ~、はぁ~」
深呼吸を一つして、踏み出す。
もはや梯子みたいな階段を、のぼっていく。
あまり先は見ない。一歩一歩に集中する。この急坂をクリアするまでは、余計なことを考えないようにする。
息が上がる。
汗が落ちる。
足が震える。
いつになったら終わるんだろうと思ったその時、壁が消える。
急坂が終わって、視界が開ける。ゆるやかな尾根道が続いている。
時間は、十五時五十二分。
あと一〇分ないの⁉
地図を見る。急坂が終わるのは、等高線二〇〇メートルのところ。たぶん現在地はここだ。
登山道はゆるやかに続いていて、三〇メートルと少し登ったところで小さなピークが来て、それを越えたところで左側の谷を等高線二〇〇メートルのところまで下って、そこが集合場所。
残り時間は八分……いや、今七分になった。
今から、ゆるやかとはいえ坂道をダッシュしてピークを越え、谷に入って集合場所を探して……間に合うのか?
現実の坂道と、地形図上の山を、交互に睨む。
――ん? 待てよ?
今いるのは、おそらく急坂終了地点の太い等高線上。すなわち標高二〇〇メートルのところ。
集合場所も、標高二〇〇メートルの太い等高線上にある。
このまま水平に、ピークを迂回するように走れば、坂道を登らずに済む。省エネだ。
ただし、道は無い。
「ええい、行くぞ! ファイト、山川天!」
自分で自分に気合を入れ、茂みを飛び越えて左手の山腹を走る。
杉だかヒノキだかの、針葉樹林を突っ走る。結構傾斜があるので、ずり落ちないように注意する。針葉樹は綺麗に並んで植えられているので、目安とする列に沿って走る。
当たり前だが、実際の山に標高二〇〇メートルの太線なんて引かれていないのだ。
ゆるやかにカーブする感覚があった。おそらく今、真南を向いている。頭の中の地図の記憶と現在地が重なる。
あたしの選んだ道が正しければ、この直線上に、先輩たちが待っているはずだ!
「――いたっ!」
手を振る三人の姿が見えた。安心のあまり泣きそうになるが、走るのをやめない。
そして――
「ゴール!」
卓美先輩がはしゃいでハイタッチしてくる。あたしはゼェハァ言いながらそれに応える。
「ようがんばったなぁ」
風子先輩がおばあちゃんみたいな優しい声でいたわってくれる。
「ギリギリでしたが、よくやりましたね、
そして燐先輩が、あたしの名を呼んだ。
「や、やりましたぁ~」
へなへな、ぺたん。力尽きる。山川天はしばらく動けなかったとさ。
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