第3話 森本きょうだいの特売戦争
そこは戦場だった。
土曜日。駅前のスーパー。お一人様一パック限りの卵特売。
豹柄を身にまとい、ポケットにはあめちゃんを装備した大阪のおばちゃんたちがひしめく。
腰回りの贅肉によって敵を押しのける者。
ママさんバレーで鍛えた瞬発力で獲物に迫る者。
お一人様一パックなら頭数を増やせばいいということでお休み中のお父さんを引っ張ってくる者……。
あたしは卵が一パック、また一パック……と、なくなっていくのを、ただ見ていることしかできなかった。
ていうか、ありえないでしょ。
どうしてオシャレな都会っ子を自称するあたしがこんな特売に来なければいけないのか。
答えはもちろんわかっている。それは、今晩のオムライスのためである。安い卵が手に入れば、一人あたり卵三つくらい使ったふわとろオムライス。手に入らなければ、卵ペラペラのオムライスないしただのチキンライス。
あたしは、ふわとろがよかった。
しかし母上は、自ら特売へ出向くことをよしとしなかった。理由を聞いても答えないので、仕方なくふわとろ派を代表してあたしが来たわけだが……。
理由がわかった。
大阪のおばちゃん、こえー。
と、その時。
おばちゃんたちの間を縫うようにして、一人の少女が卵を掲げて現れる。つややかな黒髪が風(スーパーの空調)に揺れる。空いたほうの手で、黒縁の眼鏡をスチャっと押さえる。細身のジーンズに清潔そうな白いシャツ、紺のベスト。
燐先輩だった。
あたしがぽかんと見ている間に、燐先輩の後ろから三人の子どもがくっついて出てくる。小学生くらいの男の子二人と、女の子一人。その誰もが、卵を一パックずつ持っていた。ついでにその誰もが燐先輩の格好を真似してキメポーズ。彼らは眼鏡かけてないけど。
「燐……先輩?」
声をかける。
「あ、山川さん。奇遇ですね。あなたも卵を買いに?」
「え、あ、はい」
「ですが残念です。もう卵は売り切れてしまったようです」
見れば、特売コーナーに積まれていた卵の山は、きれいになくなっていた。あたしが恐れおののいている間に。
「あ、いや、それは残念ですけど、そちらはもしかして弟妹さんですか?」
あたしは卵のことはひとまず忘れて、子どもたちに目を向ける。
「そうです。こちらは私の後輩の山川天さん。みんなも自己紹介して?」
燐先輩があたしを紹介した後、三人の小学生に自己紹介するよう、促す。
「
「
男の子二人は双子らしかった。蓮くんはハーフパンツにパーカー、怜くんはジーンズにチェックシャツ、という双子的統一感皆無な格好をしているのでよくわからなかったが、顔を見てみればそっくりである。ちなみに眼鏡はしていない。
「
地味にインパクトある趣味を披露してくれた瑠璃ちゃんだが、当の本人は眼鏡をかけていない。
「眼鏡してないのに、眼鏡拭きが好きなの?」
あたしは身をかがめて、できるだけ目線を合わせて聞いてみる。あたしは一人っ子ながら年下の扱いは上手いと自負している。中学生の時には幼稚園へ職業体験に行ったほどの実力者だ。二日くらいだったけど。
「うん。燐姉さまのメガネをふきます」
瑠璃ちゃんは肩から下げた可愛らしいポーチから眼鏡拭き用の柔らかい布と、メガネクリーナーと書かれた小さなスプレーを見せてくれた。
「
「もう一人お姉ちゃんいるの?」
「うん。でも、はんこーきだから、今日は来てないです」
「蘭子は中学二年生の妹です。微妙なお年頃なので、最近スーパーには来てくれません」
燐先輩が追加説明してくれる。どうやら五人きょうだいらしい。
「瑠璃は今日、初陣だったのですが、立派に戦果を挙げてくれました」
燐先輩は瑠璃ちゃんの頭を撫でる。おそらく初陣とは卵特売初参加のことで、戦果とは彼女の小さな手が持つ卵のことだ。
あ、そういえば、卵……ふわとろ……
「天のお姉ちゃん、卵ないの?」
「出遅れ?」
双子の少年たちがあたしのことを心配そうに見る。
「う、うん……まぁね。ちょっと出遅れちゃったー」
「お姉ちゃん、かわいそう……」
トドメに小学一年生から憐れまれてしまった。
「仕方がないですね。一パックあげましょう」
燐先輩が卵を一パック、あたしに手渡してくれる。
「え、いいんですか?」
「ええ。森本家は五人きょうだいと両親二人の七人家族ですが、十個入り四パックは、さすがに多いですから。いくら安いとはいえ、無駄になってしまっては意味がない」
どうやら森本家のお財布は燐先輩によって管理されているらしい。
あたしは喜んで卵を受け取り、他のお買いものも済ませて、森本きょうだいとともに外へ出た。
「あ、燐先輩の家もこの近くなんですか? あたしの家と近いかも!」
ふと、思いつく。
あたしの家はここから徒歩圏内。燐先輩もよくこのスーパーに来るのなら、ご近所さんかもしれない。
「いえ、私たちの家はここから五駅ほど離れたところにあります。今日は自転車で来ました」
……ご近所さんでは、なかった。
「え、卵のために……ですか?」
「はい、そうですが……?」
何がおかしいの? と心底不思議そうな顔でこちらを見る森本きょうだい。似通った顔に、同じ表情で見つめられ、なんだか困惑する。
「では、私たちは帰ります。また月曜日会いましょう」
四つの自転車が、道路の端に寄って一列で去ってゆく。
小学一年生の瑠璃ちゃんも、桜色自転車の前かごに戦利品をのせ、立派に走っていく。
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