第6話 帝王寺高校の四天王

 後からやって来た風子先輩と合流し、残りの道のりは歩くことになった。

 と、神社まで戻ってきたところで、谷筋から人の声がした。


「おーい、木村ァ!」

 ハスキーボイスが、あたしのキャッチャーを呼ぶ。


 谷側の道から現れたのは、四人の女子高生たちだった。先頭をやってくるのはハスキーボイスの正体。なんというか、全員……マッチョだ。


「なんか用か、持田もちだァ!」

 卓美先輩はなぜか最初からケンカ腰である。


「いやいや、今年は優秀な一年生が入ったからなぁ、自慢したろかと思てん」

 持田と呼ばれた先頭の女が言う。四人のマッチョ女子高生が目の前に並んだ。なんだか金剛力士像に囲まれたような威圧感がある。


「どうも~」

 優秀な一年生として紹介された女の子が爽やかに笑う。卓美先輩とはやや方向性が違う爽やかイケメン細マッチョだった。


「ハァ? こっちにも超優秀な一年生がおんねん、なめんな」

 卓美先輩があたしをぐいと前に押し出す。


「ど、ども……」

 気迫に押され気味なあたし。


「ほほう」

「ふふん」


 一年生を紹介しておきながら、あたしたちそっちのけでにらみ合う先輩方。


「い、今どういう状況ですか?」

 あたしはすごすごと後ろに下がり、風子先輩に尋ねる。


「この人たちは府立 帝王寺ていおうじ高校の女子オリエンテーリング部や」

「帝王寺……?」

「大阪では有名な偏差値75の進学校やで。オリエンテーリング部も大規模で、インターハイ常連校や」


 オリエンテーリングってインターハイあるんだ……というところから驚きだったが、今は言わないでおく。


阿倍野あべの区にある学校が、わざわざこんなところまで来て放課後の訓練か? よほど暇なんやのぉ? そぉか、区には山がないんや。かわいそうに」


 卓美先輩が持田さんを煽る。ガラの悪い大阪のおっちゃんという感じだ。特に大阪観光もしていないので阿倍野区っていうのがどこにあるのかイマイチわからないが、あんまり近くでないことはわかる。


「さっきも言うたけど、期待の新人が入ったから新生四天王を見せに来たんや。大会の前に宿敵楠木高校の心をへし折ろうと思うてな」

 持田さんは挑発に乗るでもなく、そんなことを言ってのける。


「四天王?」

「オリエンテーリングの公式大会に出られるのは4人のチームから。私たち楠木高校は毎年4人の部員を集めるのに苦労するくらいだけど、向こうは2軍、3軍がいます。四天王と呼ばれるのは選りすぐりの1軍メンバー」

 燐先輩のわかりやすい解説。


「帝王寺高校四天王に1年が入るのは珍しいな。しかもこのタイミング……」

 卓美先輩がその噂の1年を嘗め回すように見ながら言う。少しジェラシー。


広瀬ひろせあいです。よろしくお願いしまーす」

 口調は丁寧語だが、関西のイントネーション。

 大きなくりっとした目は純粋そのもの。ショートボブの毛先は外側に飛び跳ねている。TEIOJIと刺繍されたノースリーブから伸びる腕は先輩方ほどではないがたくましい。健康的に日焼けしていて、インドア派のあたしとは真逆。


「中学の頃から目ぇつけとったからな。入学式で即スカウトしたんや……さて、そっちも新入生がいるみたいやし、特別に自己紹介しといたろ」

 持田氏が言う。

 いや、べつに結構です……とも言えず、おとなしく聞く。


「ウチは帝王寺高校四天王を束ねる部長の持田もちだ国恵くにえ。そこの木村とは同じ中学出身っちゅう腐れ縁や」

 ベリーショートの髪型で、男と見間違いそう。四人の中ではいちばんバランスのとれた筋肉をお持ちだ。オリエンテーリングというか、陸上部っぽい。


「わたしは2年副部長の増井ますい長谷子はせこ。部長の私怨でこんなところに押しかけてごめんなさいね」

 ロングヘア高身長お姉さんが言う。話しぶりはいたって常識人っぽい。バレーボールの選手みたいに背が高くて、思わず見上げてしまう。縦に長いけれども、ちゃんとマッチョだ。


「自分も2年。多々良たたら亜門あもんです」

 ヘアバンドで髪をかき上げた、こちらはラグビー選手みたいなお姉さん。四天王の中でもひときわ筋肉の発達が著しい。太ももは丸太のようだ。


 四天王さんの自己紹介をされた手前、我々も順に名乗る。木村卓美きむらたくみ林原風子はやしばらふうこ森本燐もりもとりん。そして山川天やまかわそら


そらちゃんかぁ~。同じ1年どうし、仲良くしよな」

 広瀬藍ちゃんがふわっとあたしの間合いに入り込んでしれっと握手をする。


「あ、うん……よろしく」

 ん? あたしって楠木高校オリエンテーリング部の正式メンバーだっけ? まだ入部届も出してないはずなんだけど。


「あほぅ、敵と仲良くするんやない!」

 卓美先輩がつながれた手を振りほどき、あたしを連れ去る。いやん、強引だけどカッコいい。


「ほな目的は果たしたし、帰るわ。今年もゴールデンウィーク中に模擬戦といこうや。春季大会前の肩慣らし。それまでせいぜい頑張りや」

 持田先輩はそう言って、マッチョ集団はあたしたちに背を向ける。


「模擬戦からコテンパンにしたるわ。首洗って待っとけ!」

 卓美先輩が彼女らの背中に向けて言葉を放つ。


「ふっ……」

 持田先輩は振り返りざまにあたしの方を見て、鼻で笑った。気持ちはわからんでもない。明らかに弱そうだもんな、あたし……。


「あんにゃろ~」

 あたしの代わりに悔しがる卓美先輩。


「ええか、お前たち。絶対に負けられへん戦いがここにはあるで!」

「せやなぁ、言われっぱなしはいややし」

「そうですね。やるからには勝ちにいかなければ」

 比較的冷静なように見えていた林原・森本両先輩も実は闘志メラメラだった。


「な? 天、がんばろな」

「え? あ、はい!」

 そんな感じで、あたしのオリエンライフが始まるのだった……。

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