第3話 楠木高校女子オリエンテーリング部

 手作り感あふれる部活動紹介冊子なるものが新入生全員に配られる。運動系部活動女子の部の一番後ろに女子オリエンテーリング部の紹介があった。

 部室は本館二階のど真ん中。そこは二年生の教室エリアだった。訪問しづらいことこの上ない。他の運動系クラブはみな体育館横のプレハブに部室があるようなのだが、女子オリエン部だけはポツンとそんなところにあった。部室というか、立地的にはもともと倉庫なのではないかと思われる。


 しかしだ。

 この腕をつかんだ、あの力強い手を思い出す。バネのような脚の筋肉。まぶしい笑顔。

 もう一度、あのお姉さんに会いたい。

 できれば何度も会いたい。

 そんな思いが、あたしの脚を動かしていた。

 『女子オリエンテーリング部』という表札のかかった倉庫っぽい部室は確かにそこに在った。

 ふぅ、よし。

 

――コン、コ――


 二回目のノックは空振りに終わった。木製のドアが向こう側にヒュッと開く。そのまま空振りした腕が何者かに捕まれ、引きずり込まれる。


「確保ー!」

「キャー」


 部室というか、やはり予想通りの元倉庫。狭い空間に木の机と、いくつかのパイプ椅子。奥には古いタイプのロッカーが積みあがっていて、その上に置かれた棚には地図やらなにやらがぎっしり並んでいる。頭上にはツッパリ棒が渡してあって、リュックやらジャージやらがつるしてあった。

 そして、室内にいるのは三人の先輩女子。引きずり込まれたあたしを含めると四人がその狭苦しい空間にいる。


「もう逃がさんで~」

 その声は、木村卓美さん。入学式に遅刻しかけたあたしを助けてくれた恩人だ。


「もう、違うやろ~。いらっしゃいませ新入生さん。やろ?」

 のほほんとした声でたしなめるのは、ゆるふわな長髪揺れる可愛い系美人さん。


「そうですよ、部長。新入生が怖がっています」

 メガネをくいっと上げてこちらを見ているのは定規で引いたような直線黒髪ストレートの女性。


「まさかこのドマイナークラブに自ら来る者がいようとは思ってなかったからなー、つい興奮してしもて……って、あれ? どっかで会ったことあるっけ?」

 ここにきてようやく、木村卓美先輩はあたしに気がついたようだった。

「は、はい……入学式の日に……」

「あー、はいはい。あの遅刻少女か~。なんやオリエンに興味あったんかい、ゆうてくれたらよかったのに~」

「え、えと、急いでいたもので」

「ああ、せやったな。遅刻してたんやったな」

「ギリギリ遅刻はしませんでした。おかげさまで」

「そーかそーか、ってことは遅刻少女やのーてギリギリ少女やなー。なんかそっちの方がかっこええで」


 アッハッハと笑う彼女。何がそんなに面白いのか理解不能だが、豪快に笑う姿もカッコイイ。今日も制服の上からジャージを羽織る体育教師みたいなファッション。

「せや、改めて自己紹介しよか。オレは木村卓美きむらたくみ二年。この女子オリエン部の部長をやっとる」

 卓美先輩がその隣、ゆるふわ先輩を見やる。


「ウチは林原風子はやしばらふうこ。同じく二年。一応副部長やってます~」

 風子先輩はにこにこと人懐っこい笑顔を向けてくれる。大き目の白いカーディガンと、黒のニーソックスのコントラスト。


「私は森本もりもとりん。二年生。よろしく」

 燐先輩は対して無表情なままでこちらに会釈する。こちらは制服のブレザー、スカートを学校紹介パンフレットに載る見本のようにキッチリ着ている。黒タイツはそろそろ暑そう。


 楠木高校は進学校なので、三年生は受験勉強のためにほとんど部活動には参加しないと聞いている。だから女子オリエンテーリング部はこの三名で全部のようだ。あたしの他に新入生の姿は……現状なさそう。


「あ、あたしは、山川天です。一年生……えと、東京から引っ越してきたばかりです」

 一年生なのは知ってるか、と思って慌てて付け足す。

「そうかそうか、東京から来たか~。どうりで訛り無いなーおもとってん」

 卓美先輩はふむふむとおおげさに頷く。

「なんでまたオリエン部に? 興味あったん?」

 今度は風子先輩があたしに質問する。

「いえ、実はあんまり知らなくて……なんかこう、自然と触れ合いたいなーと、漠然と……」

「えーやん、えーやん。なんとなくってのも大事やでー。自然と触れ合いまくれるでー、うちの部活は。葉っぱでも土でも好きなだけ触ったってーな」

「さっきから適当すぎますよ、卓美」

 テンションマックスな卓美先輩を燐先輩が諌める。


「すまん、すまん。そうや、じゃあこれからちょっと山行こうや。オリエンがどんな競技か、歩きながら説明するし。な?」

「え、今からですか?」


 あたしにとって山は、遠くにあるもの。電車とかバスとかで行くものだ。放課後にちょいと行くなんて発想は無かった。


「大丈夫、大丈夫。歩いて三十分。走れば十分で行けるで」

「あらあら、そんないきなり走らせたりしたらあかんよ。大事な新入生なんやから」

「そうですよ。軽いデモンストレーションという感じで行きましょう」

「おーけー、おーけー。な、いいやろ? そら?」

「ふぁい!」

 いきなり下の名前で呼ばれて、テンパるあたし。

「おう、元気ええなぁ」

「顔赤いで、大丈夫?」

「だ、だいじょうぶでふ」

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