第2話 オリエンテーリングって?

 オリエンテーリング?

 入学式、校長先生のありがたいお言葉を聞き流しながら、考えていた。

 聞いたことはある。小学生の時にキャンプへ行った。たぶんその時にやったのだ。山の中でやるスタンプラリーみたいなものだ。たしか。


 ……いいんじゃね?


 そんなことを思う。いやいや、都合のいいことを言っているのはわかっている。ついさっきまで『山』『田舎』と馬鹿にしていたのに何を言ってるんだと、自分でも思う。


 陽光降り注ぐ木々の中を、木村先輩と歩く。「この花、何て言うんでしょう?」なんて話しかけてみる。うん、いい……すごくいい。なんていうんだろう? スローライフ的な? 山ガール? 森ガール? まぁ何でもいいか。


 そう、何でもいいのだ。どうせ他にやりたいこともない。元から帰宅部のつもりだった。帰宅を極めるつもりだった。大阪人はオチがない話をするといじめられたりハブられたりすると聞く。おそろしい。かかわらない方がいい。そんな偏見があった。だから放課後はすみやかに帰宅して真面目に勉強して、大学で東京に戻るのだ。それが高校三年間の過ごし方イメージ……だった。


 体育館から教室へ戻る。廊下の両サイドには様々な部活の二三年生がひしめき、各々の部の宣伝・勧誘活動をしている。正直やかましい。バスケ部やバレー部が背の高い一年生にちょっかいを出す。サッカー部がナンパする。吹奏楽部が謎の勧誘ソングを歌う。


 そもそもこの学校を選んだのだって「なんとなく」だ。勉強はそんなに嫌いじゃなかったから成績は良かった。テストでも点数が取れた。だから学校の先生にも親にも引っ越し先近くのいちばんいい高校を勧められた。とくに断る理由もなかったし、ほどほどに難易度も高くて退屈しなかった。だから受けた。受かった。入学した。みんなだいたいそんな感じでしょ?


 教室に戻ると、出席番号順で自己紹介をさせられた。出身中学、高校で入ろうと思っている部活、そんなことを適当に話す。出身中学なんて聞いても大阪の中学校なんて全然知らないし、四〇人もの自己紹介をいちいち記憶してられない。


「山川天です。東京から引っ越してきました。部活は……えーと、オリエンテーリングとかいいかなーと思ってます。そんな感じでーす」

 起立してから五秒後には着席。「へぇー、東京から来たんかー」「おりえん……? そんな部あったっけ?」などと多少波紋が広がるがすぐに収束する。


「山川さん?」

 なんやかんやとチュートリアルがあり、春休みの宿題が回収され、仮入部は明日からですよということで、あとは帰るだけ。そんなタイミングで、とあるクラスメイト男子に話しかけられた。


「僕、なわて大地だいちです。新聞部に入ろうと思ってるって自己紹介してんけど、覚えてる?」

 少し癖のある黒髪。くっきりした目鼻立ち。ピカピカの一年生と思えないくらいに制服の学ランがよく体になじんでいる。


「あ、あー、覚えてるような……」

 正直覚えていなかったので少し目をそらす。しかし新聞部志望の彼は特に気にした様子もない。


「まさか同じクラスにオリエンティアがいるとはなぁ」

「ん? 何?」

「ん? あ、もしかしてオリエン経験者ちゃうん? ごめんごめん、早とちりやったわ」


 ハハハと快活に笑う彼。意外とヤバい人なのでは……? なんとなくオタクっぽいし。オタクは関係ないか。


「うん。あんまり知らないんだけど」

「オリエン競技者のことを、オリエンティアっていうねん。僕はちっこい時から父さんに連れられてたまにやっとってな……」


 見ると、目立つほどではないけれど、彼の足腰は結構しっかりしている。学ランを着ているからかもしれないが、肩幅もまぁまぁがっしりしているように見える。

 山の中を歩いて健康的に楽しくダイエット。それもまたよし。


「ちゃんとオリエン部がある高校が、このへんでは楠木高しかなくてなー。新聞部に正式入部したあかつきには、ぜひ取材させてほしいわ」

「ふーん」


 畷大地は一人で興奮気味に話す。一方のあたしは木村先輩とのアウトドアライフに想いを馳せてニヤニヤする。微妙にコミュニケーションできていない。

「じゃ、また話そなー」

 畷くんは去って行った。



 しかし、彼とあんな形で再会するとは、この時のあたしは予想もしなかったのだった……などと意味深なことを言っておく。

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