102 交錯する時間軸

 意気消沈いきしょうちんしたまま、おも足取あしどりで家路いえじにつく。

 えきの時計を見上みあげると、午後五時。のこわずかな余生よせいの使い道をなやむ。


 駅前えきまえのベンチに、ただすわっていただけなのに、ふと見上げた時計のはりは七時を指している。


  * * *


 高校生こうこうせいになったら入ってみようと思っていたカフェ、STARDUCKSスタダおもこしを上げ、欲張よくばりオーダーを詠唱えいしょうする。


「リストレットベンティツーパーセントアドエクストラソイエクストラチョコレートエクストラホワイトモカエクストラバニラエクストラキャラメルエクストラヘーゼルナッツエクストラクラシックエクストラチャイエクストラチョコレートソースエクストラキャラメルソースエクストラパウダーエクストラチョコレートチップエクストラローストエクストラアイスエクストラホイップエクストラトッピングダークモカチップクリームフラペチーノ」


 一度もまずに言えた。

 店員てんいんから受け取ったのは一度いちどたのんでみたかったフラペチーノ。はじめて目にした特注品とくちゅうひん見目みめ意外いがい普通ふつう

 頭にトゥーゴーパーソナルを付ければ、二一〇字の最長さいちょうオーダーになる。けれど、マイタンブラーを持参じさんしていないし、店内てんないで飲みたいから字数は妥協だきょうした。とはいえ、これが最後さいご晩餐ばんさんになると思って見ると感慨深かんがいぶかい。


「うえっ……」

 口にふくんだ瞬間しゅんかん強烈きょうれつあまさが口いっぱいに広がる。見目みめだまされ、緊張きんちょういてしまったから思わず声に出た。

「ぷはっ! そんなもんたのむでやて」

 声の方向ほうこうに目をると、わらっているのは胡蝶。

「まだ待ち合わせ時間やないよ」

むかえに行く、手間てまはぶけて良かったわ。いてきて」

断固だんこ拒否きょひやて」

 テイクアウトするのなら、トゥーゴーを付けてオーダーしたかった。店内で完飲かんいんしてやるという意地いじつ。

「おけまる! うえってするとこ、ながめとるわ」

 これから戦争せんそうを始めるというのに、微塵みじん緊張感きんちょうかんが無い、れしい態度たいど虫唾むしずが走る。


「うえっ」

 いきおい良くんだ液体えきたいが、激甘げきあまであることを失念しつねんしていた。

「ぷっ! アノンはサービス精神せいしん旺盛おうせいやね」


 『アノン』の呼称こしょうは、ユニット活動かつどう用。

せん……」

 胡蝶は人差ひとさし指を、すっと帰蝶きちょうくちびるに当て、無言むごんくび左右さゆうる。卓上たくじょうにスマホを上下逆じょうげぎゃくき、画面を爪で素早く二回タップする。

 胡蝶が見せつけるように入力する文字を目でう。


『監視されとる。その話は後で』


 人前で話す内容ではないから軽率けいそつだったとは思う。でもに落ちない。監視かんしされるようなことをした覚えは無い。今までされたことが無いのに、急にされていると言われても信じられない。


 いや――ある。


 胡蝶に目をる。胡蝶の容姿ようしは監視した結果だ。監視されているのが事実であれば、胡蝶以外の誰がしているのか――くわしく聞きたい欲求よっきゅうおさえられない。とはいえった意地いじを捨てるのはしゃく。フラペチーノを急いでのどに流し込む。


 胡蝶は先程と同様どうよう、スマホの画面を爪で素早く二回タップする。

『十九時二九分発 JR米原行まいばらいき 先頭せんとう車両内で合流』

 電車でんしゃ移動は、監視者をくには合理的ごうりてき手段しゅだん。無言でうなずいて見せる。

見飽みあきたで帰るわ。また明日」

 胡蝶が離席りせきし、手を振りながら言った。

 時計を見ると十九時十五分。急がなければならない程ではないけれど、のんびりしている猶予ゆうよは無い。飲み残しを片付かたづけ、切符きっぷ券売機けんばいきに向かう。


  * * *


 合流ごうりゅう場所には、先頭車両内が指定していされていた。ホームでは胡蝶をさがさず、乗車位置は先頭をけた。周囲しゅうい状況じょうきょう把握はあくしやすい、階段かいだん横のせま空間くうかんで電車の到着とうちゃくを待つ。


 十九時二七分。

 後ろにならんでいるのは三人のみ。周囲に他の人は見当たらない。車両移動時に追尾ついびされれば気付きづけるし、車両内で危害きがいくわえられることは無いだろうと、たかくくる。


 十九時二九分。

 予定通り乗車。車両内を通り、先頭車両へと移動する。尾行びこうしてきた人は居ない。先頭扉前に立っている胡蝶を視認しにんし、接近せっきんする。声を出して良いか判断出来ないから、無言で隣に立つ。


 胡蝶がスマホを画面が見えるように持ち、画面を爪で素早く二回タップする。

『十九時四三分 関ケ原下車』

 画面左上の時計表示は四〇分。

 下車げしゃは三分後。胡蝶から離れないよう半歩はんぽ分近付き、無言むごんうなずいて見せる。


 下車げしゃした後の胡蝶は速歩そくほ。まだ警戒けいかいいてはいけないのだと、気を引きめ、引き離されないようついて歩く。

 足を止めることなく、駅前に待機たいきしているタクシーに乗車。行先を伝えることなく発車はっしゃしたから、胡蝶が到着前とうちゃくまえ配車はいしゃしていたとわかった。


  * * *


 七分程走行そうこうし、扉が開く。下車げしゃした胡蝶の後についてりる。

 タクシーがると、視界しかい漆黒しっこくまる。

 ザッ――胡蝶の足音あしおと

「待って。見えん」

 前に手をばすと、ぎゅっとつかまれた。

「黒いでね。手ぇ引いてくわ」

 足元が見えない中、胡蝶は躊躇ちゅうちょなく進む。

 今居る場所が関ケ原古戦場であることは、確認するまでもなく自明じめい。何故れてこられたかを確認する行為こういに意味は無い。戦争にうってつけの場所だからに決まっている。

 このおよんで、逃走とうそうする気は毛頭もうとうない。暗闇くらやみの中、方角ほうがくもわからない状態で広大こうだい山中さんちゅうを逃げおおせると思えない。遭難そうなんするのがオチ。


「オッケー、吉乃きつの。電気をつけて!」

 こんな山奥やまおく、それも屋外おくがいでバーチャルアシスタントが機能きのうするはずがない。心の中でっ込みを入れた矢先やさき、タイミング良くカサッカサッと前方ぜんぽうから枯葉かれはむ音とともに、懐中電灯かいちゅうでんとうの光が近付いてくる。

暗闇くらやみの中で待たされて、めちゃんここわかったんやけど!」

 クレームをきながら現れたのは、けもの霊鬼れいきたぐいではなく、人間の女性に見える。

「これ、生駒いこま吉乃きつの。家は愛知県あいちけん江南市こうなんし小折町こおりちょう八反畑はったんばた家業かぎょう運送業馬借しとる」

 胡蝶が淡々たんたんと紹介する。人間の知人であると判明はんめい安堵あんどする。

「うちの個人情報こじんじょうほうながさんといてよ」

「うっさい。偽名ぎめいなんやでかまわんやろ」

偽名ぎめい言うな」

「うっさい。久菴きゅうあん

本名ほんみょう言うな」

 かくさなければならないようなやましいことをしているのだろうか。一応いちおうかるめに自己紹介じこしょうかいしておこう。

「インスタンス北中学二年、斎藤さいとう帰蝶きちょうです」

「これ、若作わかづくりしとるけど成人せいじんしとるよ。七歳も上のくせに鯖読さばよんで、同年代どうねんだいよそおうヤバい奴」

 先程さきほどから、年上の人間を『これ』と呼称こしょうしたり、胡蝶の振舞ふるまいが目に余る。けれど久菴きゅうあんには、その行為こうい反発はんぱつする様子ようすは無かった。

 所見しょけんべると、イジられキャラ。胡蝶に対してのみ、その行為を許容きょようしているのかいなか――確認かくにんしてみよう。

久菴きゅうあん、ヤバいやつ……おぼえた」

吉乃きつのってんでほしい」

吉乃きつの、ヤバいやつ……おぼえた」

「もう、それでええわ。話、どのくらい聞いとる?」

 初対面しょたいめん年下としした帰蝶きちょうから、不意ふいにイジられたにもかかわらず、久菴きゅうあんおこったり動揺どうようすることなくいている様子ようす生粋きっすいのイジられキャラのようだ。

 とはいえ話を本題ほんだいうつそうとしているのをさえぎり、イジりつづけるわけにはいかない。

戦争せんそうして、えーっと……ドウが私に攻撃するのを受ける」

「ドウ? てきのことかな」

 くびかしげる吉乃きつの

「うちのコードネームやて」

「なんで胡蝶が帰蝶きちょうを攻撃するん???」

「ちゃう。うちが攻撃するのはてきやお」

「胡蝶、説明せつめい下手へた過ぎやて。帰蝶きちょうはうちらの仲間なかま。で、みなてきさんをやっつける。OK?」

吉乃きつの説明せつめいもたいがいやよ。そうつたえたし」

 胡蝶の説明せつめいは、かなり言葉足ことばたらずでしたけど――『仲間なかま』と聞いて一安心ひとあんしん

「OK!」

「今の説明せつめいでわかったんかい! うちに攻撃されると思っとって、ようついてきたわ。ドMやね」

 自発的じはつてきに、胡蝶についてきたのではなく、強引ごういんに連れてこられた感じだけれど――今更いまさらり下げる話題わだいでもない。愛想笑あいそわらいしてながす。


「ここ、名古屋陸軍なごやりくぐん兵器補給廠へいきほきゅうしょう関ケ原分廠せきがはらぶんしょうたま火薬庫跡かやくこあとはうちらの基地きちみたいなもん。簡単かんたんに言うと集合場所しゅうごうばしょやね」

 久菴きゅうあんの説明は具体的ぐたいてきでわかりやすい。

「まぁくつろいでって。暗黒あんこくやけど」

 胡蝶がはなつ言葉は、感覚的かんかくてきなことと行動こうどうしめすものが主。説明しようという意思いし欠如けつじょしている。さっしてかんがえろタイプの人間。


「あっ。うつける」

 久菴きゅうあんがライトでらす先に人影ひとかげが見える。

るんなら声かけろて。遅刻ちこくすんなし」

「九時集合じゃなかったか?」

 男性の声。

「うちらはって、お前うつけ最後さいごに来た。なんか言う言葉ことばあるやろ?」

「待たせて、ごめん……」

し、いちやね」

「三人るんやで、さんやし」

 胡蝶にイジられていた久菴きゅうあんまでも、うつけをイジっている――それだけで、うつけが一番格下かくした判断はんだんするのは、時期じき尚早しょうそう

「うつけさん、久菴きゅうあんさん、よろしくおねがいします」

 まずは自己紹介じこしょうかいしておこう。うつけの名をさきに言ったことに対し、久菴きゅうあんおこるのか、平静へいせいたもつづけるのか。反応はんのう観察かんさつする。 後者こうしゃであれば、両者りょうしゃの間に上下関係は非存在ひそんざいだとわかる。

「うちだけ本名ほんみょうぶのやめて」

ほかうそばっかなんやで、名前くらい問題あらへんやろ」

 胡蝶にも呼称こしょう順にたいする反応はんのうは無い。対等たいとうな関係であると、判断はんだんして良さそう。それはさておき、うつけも偽名とは――この二人は何故本名ほんみょうで呼ばれたくないのか。

「問題しかあらへんわ」

生駒いこま久菴きゅうあん。一五二八年生まれ。家は愛知県あいちけん江南市こうなんし小折町こおりちょう八反畑はったんばた家業かぎょう運送業馬借しとる」

「うちの個人情報こじんじょうほうながさんといて! 仕返ししたる。織田おだ胡蝶こちょう。一五三五年生まれ。現住所げんじゅうしょは……どこやっけ? 引越ひっこしたで知らへん」

残念ざんねんやったな。帰蝶きちょうすで本名ほんみょう知っとるで、ノーダメージやお」

ぼく織田おだ信長のぶなが。一五三四年生まれ。うつけとか、吉法師きっぽうしと呼ばれています。家は那古野城なごやじょうです」

 ん? んんん!? あの織田信長!!?

 偽名ぎめいを聞いたときから、おぼろげながら意識いしきしているようだとは思っていたけれど、今聞いた内容が事実じじつであるとすれば、本名ほんみょうにあたるいみなで呼ばれることを、いやがるのも納得なっとくがいく。

 となると、眼前がんぜんに居る胡蝶は、帰蝶きちょうの名前の由来ゆらいとなっている人物じんぶつということになる。本人ほんにんが居るのだから、長年ながねん疑問ぎもんに思っていたことを確認したい。

 美濃國諸舊記みののくにしょきゅうきに登場する帰蝶きちょう武功夜話ぶこうやわに登場する胡蝶。同一どういつ人物とされているけれど、何故表記ひょうきことなるのか――。

 学校で胡蝶がはなった『帰蝶きちょうになろうと思って』の言葉も引っ掛かっている。もしも同一人物であれば、なる必要が無い。

「胡蝶と帰蝶きちょうは、同一人物やおね?」

「んー……解釈かいしゃくによるでむずかしいんやけど、帰蝶きちょうは胡蝶の輪廻転生りんねてんせい後の別個体べつこたいたましいは同一やけど、別人べつじんやお。胡蝶は胡蝶、帰蝶きちょう帰蝶きちょう

 説明したのは胡蝶ではなく、吉乃きつの初対面しょたいめんである帰蝶きちょう事情じじょう正確せいかくに、把握はあくしている状況じょうきょうから、仲間なかまれたのは、胡蝶の思いつきではなく前もって決めていたのだろうと推察すいさつする。

 生駒いこま吉乃きつのも胡蝶と同じく武功夜話ぶこうやわ登場とうじょうする名。そして他の文書ぶんしょには出てこない。

 吉乃きつのと胡蝶の生活圏せいかつけんが、別の時代じだいだったのならば、文書がのこっていない点には、合点がってんがいく。生活実態せいかつじったいが存在していないのだから、残るはずがない。

 でもあらたな疑問ぎもんく。時間移動じかんいどうが、異世界いせかい転生てんせい物語のように行きっぱなしであれば、時代から忽然こつぜん消失しょうしつするだけという結果けっかいたる。

 何故この人たちの時代に、現代人げんだいじん帰蝶きちょうが存在しているのか。何故ここに居る信長の文書は残っているのか。


 すべての疑問ぎもん払拭ふっしょく可能かのうかい――。

「うちがみんなの時代に行くことも、出来るんやおね?」

「うん。出来るよ。北西ほくせい一キロ先にある玉城たまじょうが、時間移動用施設しせつ。ここにあるトンネルは、空間移動用の施設しせつやお」

 そんなものが実在じつざいするならば、軍事機密ぐんじきみつになる次元じげんの情報。それをかくそうともせず、淡々たんたん紹介しょうかいする久菴きゅうあん――胡蝶と、うつけにあせ様子ようすは無い。久菴きゅうあんが口をすべらせたわけではなく、口外こうがいしてもかまわないという共通認識きょうつうにんしきの様子。


 まさか五〇〇年後の世界せかいに存在していない技術ぎじゅつだとは、予想よそうだにしていないだろうと思ったらわらえてきた。

「笑える程面白おもしろい所あるん? ちゃちゃっと敵さん片付かたづけてこまい」

「の前に! さっきコードネーム云々うんぬん言ってたやん? うちにも、ええ感じの付けてよ」

Guestゲスト不特定ふとくてい招待客しょうたいきゃくって意味いみ。名前やなくて自身じしんの立場をしめStatementステートメント匿名とくめいを指す、帰蝶きちょうAnonymousアノンとおんなじ位置付いちづけやお」

「ええね! 気に入ったわ。うつけにもかっこええの付けたって」

*アスタリスク。一字以上の文字列もじれつすべてを意味する、ワイルドカードの記号きごう古代こだいギリシャ語のΑστερίσκος小さい星起源きげん誕生たんじょう生命せいめいの意味を持つ言葉やお。りゃくすと、Starスター

「かっこええやん! うつけは気に入った!?」

「とても気に入りました」


決定けっていやね! 合戦中かっせんちゅう呼称こしょうは、吉乃がGuestゲスト。うつけが*スター帰蝶きちょうAnonymousアノン。うちがJohn Doeドウ。全員あわせたユニット名がmē on非有

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