第5話

 鏡の部屋ここに閉じ込められてから、どのくらいの月日が経っただろう。

 アリスは闇の中を揺蕩うようにただぼんやりと生きていた。


 そしてある日のこと――

 突然、部屋に光が差し込んだような気がした。


『――…………ス、アリ…………ス、アリス!』

「…………え?」


 どこからか自分の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がして、アリスはベッドから身体を起こした。

 すると壁には失われていたはずの鏡が復活しており、そこから懐かしい姿が覗いていた。


「あり……す?」

『あぁ……よかった……神様……! やっと直った! 直ったわ、アリス!』

「どう……して……?」


 アリスの問いかけると、ありすが必死になって頭を下げた。


『ごめんなさい、遅くなって! いろいろ試したんだけどなかなか上手くいかなくて……今までかかっちゃった』


 アリスは混乱してしまい、うまく言葉を紡げなかった。

 そんなアリスに、ありすは何度も頭を下げながら釈明する。


『本当にごめんなさい! 鏡が壊れてしまったのは私の不注意だったの! そんなところで長い時間を過ごさせてしまって、一体なんてお詫びしたらいいか……』

「い、いいえ。それは……いい……のだけれど……」


 未だ状況を飲みこみ切れていない中のアリスは、とりあえず会話を繋ごうとして、あまり考えずに気が付いたことを口に出した。


「ありす……。あなた、少し大人びたかしら……?」

『あ、うん……あれからもう三年も経っちゃったからね』

「三年……」

『アリスも綺麗になったわね。なんというか、以前より浮世離れした美しさがあるわ』

「そう、かしら……?」

『うん! もしかすると、入れ替わったらすぐに気づかれてしまうかもしれないわね』


 ありすは冗談めかして言うが、アリスも、そうかもしれないな、と思った。


 以前のありすは元気な少女といった感じだったが、今のありすは自信に満ち溢れて堂々としており、どこか貫録すら滲ませているように見える。

 これがこのたった三年の間で得られた成長なのだろうか……。


 まとまらない思考の中、アリスがそんなことを考えていると、ありすは『さあさあ!』と待ちきれない様子で鏡に手をかざした。


『ようやくあなたを出してあげられるわ。ゆっくり羽を伸ばしてきて! 私は何年でも、何十年でもここにいるから! あなたの満足するまで外の世界を堪能してきてよ』

「え……?」

『いいから、ほら! 手、出して?』


 言われるがまま伸ばした手が、鏡を通して重なり合う。

 そして次の瞬間には、アリスは外に出ていた。


『じゃあね、アリス』

「う……うん」


 戸惑いつつもありすへと手を振って、アリスはふらふらと自分の部屋へ向かった。

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