第4話

 鏡の部屋にいたアリスは、外でリリーを誤魔化しているありすの様子を聞きつつ、不貞腐れていた。


 ――誰かとお話していたのでは?


 ふん、少しくらい困ればいいのよ。

 どうせあの子のことだから、どうにかするんでしょうけど。


 ――演劇よ! 演劇の練習をしていたの。ほら、まだ拙いから誰かに見られると恥ずかしいじゃない? ここなら滅多に人も通らないし、練習にうってつけなの!


 ほら、また上手くやってる。

 あの子、本当に世渡りが上手いんだから。

 私とは大違い。


 ――……そのようですね。わかりました。私は何も見ていないこととします。練習、頑張ってくださいね

 ――うん、ありがとう、リリー


 まあ、あの子もさっきはクッキー焼いてくるって言ってたし、反省していたみたいだから明日には許してあげましょう。

 私も感情に任せて言いすぎたわ。

 こちらこそ謝らなきゃ。


 と、アリスが思ったときのことだった。


 ――ガシャァァアアン!!


 え?


 突然の耳をふさぎたくなるような音に身を竦ませた瞬間、部屋から外へ開けていた鏡が消失した。

 鏡を通して聞こえていた声や音が全て失われ、部屋がしんと静まり返る。


 な、何が起こったの?


 慌てて鏡があった場所へと駆け寄って触れてみるが、ただの硬質な壁の感触が返ってくるだけで、元に戻りそうな感じはしなかった。

 ようやくアリスは事態を理解した。


 そんな……嘘でしょう!?

 ここに閉じ込められたってこと!?


「ねえ! 開けて! お願いだからここから出して!」


 アリスが全力で叩くが、拳が痛みを訴えるだけで、壁はビクともしない。

 声は向こうに聞こえているかわからないが、返事がない以上、可能性は薄いだろう。

 心に絶望を象ったとばりが下りる。


 一生……このままなの……?


 アリスはその場で崩れ落ちた。

 しばらくそうして蹲っていたが、やがて首をもたげ、ゆっくりと振り向いて部屋を見やる。


 鏡の中は、大きな一つの部屋になっている。

 壁には大量の本。

 食べたいと思ったものがなぜか必ず入っている食糧庫。

 ふかふかのベッド。

 すわり心地のいいロッキングチェアー。


 これから一生この部屋で暮らしていくことを考え――そして気が付く。


 もしかして……屋敷向こうにいるのとあまり変わらないんじゃないかしら……。


 屋敷にいたところでどうせ部屋からほとんどでないのだ。

 そしてその部屋では、大抵本を読んでいる。


 ここでも本は読める。

 食事には困らない。

 どういうわけか排泄欲はない。


 そしてあの子ありすは――。


 ……こうなってしまっても、あまり何も不都合はないかもしれないわね。

 使用人や教師たちもあの子のことの方を評価しているようだし。

 勉強くらいは……困るかもしれないけれど。


 それにこれでありすは大手を振って自由になったんだもの。

 助けにくるはずなんかないわ。

 そもそもあんな不可思議なもの、壊れたんだとしたら直せるはずもないしね……。


 絶望と諦めがぐちゃぐちゃに混じった境地の中、アリスは漠然とそんなことを思ったのだった。

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