第2話

「アリス、交代の時間よっ!」

『……ええ。それで、今回は何をしてきたの?』

「演劇ね。この前、公演に連れてってもらったら思いのほか面白くって、自分でもやってみたくなったの! そしたら才能あるって言われちゃったわ!」

『それは……よかったわね』

「それで少し相談があるんだけど……」

『何かしら?』

「今度一回だけ、私に二日連続で〝アリス〟をやらせてくれない? あ、もちろんその後はあなたが二日連続で〝アリス〟をやっていいから!」

『ええ、構わないけれど……。一体どうしたの?』

「実は私が演劇を練習しているのを見て、お父様が有名な先生を手配してくださったの! けれどどうしても日程が二日連続でしかとれなくって……」

『わかったわ。別に私は本さえ読めればどこでもいいから』

「ありがとう! 私、アリスのこと大好きよ!」

『……私もよ』


 交代して外に出てきたアリスは、屋敷の自室に戻って眉を顰めた。


 あの子、また違うことに手を出したりなんかして。

 交代する私の身にもなってみなさいよね。

 話を合わせるのだって、簡単じゃないんだから。


 そんなふうに考えていると、アリスの部屋の扉がコン、コン、コンとノックされた。


「はーい。どちら様?」

「ジーニスにございます」

「あら、ごめんなさい。すぐに開けます」


 そういえば今日は朝から授業があるんだったわ。

 ジーニスは厳しいから、忘れてたなんて言ったら大変よ。

 とは言っても、予習はしっかりしてきたから大丈夫そうね。


 扉を開けてジーニスを室内に案内したアリスは、机の前に座った。


「では昨日の続きから参りましょう。まずは――」

「え? ち、ちょっと待って!」


 ジーニスの指定した部分は、今日やる予定だったところのちょうど続きからだった。


 私の聞き間違え? いえ、そんなはずがないわ。

 それにジーニスも『昨日の続きから』って言ってたし……おかしいわね。


「……どうしましたかな?」


 戸惑うアリスを見て怪訝に思ったか、ジーニスは眉をひそめた。


「い、いえ。大丈夫よ。すぐに準備するから――」

「お嬢様? 失礼ながら申し上げます。昨日の授業でもまるで答えられませんでしたし、少々たるんでいるのでは?」

「ご、ごめんなさい……」




 交代の時間になり、肩を怒らせながら鏡の前へとやってきたアリスは、勢いそのままに怒鳴りつけた。


「ありす!」

『ど、どうしたのアリス? 何か怒ってる?』

「当たり前よ! あなた、なぜ勝手に座学まで始めたりしたの! 知らないうちに進んでいたせいで恥をかいたじゃない!」

『あ……――ごめんなさい!』


 鏡を通してありすの謝罪の声が響いた。

 けれど、アリスはまだ溜飲を下げてはいないようだ。


「もうこれっきりにしなさいよね! 座学の日程も元通りに戻しておいたから!」

『伝え忘れていてごめんなさい……そんなつもりじゃなかったの。でも、アリスってすごいのね! お勉強も楽しそうだからお願いしたけれど、私、何もわからなかったわ!』

「それはそうよ。私には勉強の才能があるもの。それに今まで何年も頑張ってきたんだから」

『うん、そうね。よくわかったわ。――あのね、アリス、お願いがあるの。私、自分なりに頑張ってみるから、もしも追いつけたら……私も座学の授業を受けてもいいかしら?』


 ありすの真摯な声に、アリスはつい勢いを削がれてしまった。


「……勝手にしたら? とにかく、今日はもう疲れたから交代しましょう。ほら、あなたも手を出して」

『うん。ありがとう、アリス』


 鏡の外に出たありすは、部屋へと戻る前に、鏡の中にいるアリスに向かって話しかけた。


「お詫びと言ってはなんだけど、明日交代のときにクッキーを焼いて持ってくるわ。最近、とっても美味しいとよく褒められるのよ。アリスにもぜひ食べて欲しくって」


 しかし返事はない。

 やっぱり相当怒らせてしまったのかな。

 ありすはそう思ったが、気を取り直して前を向くことにした。


 一日は短い。

 やりたいことを精一杯やるには、全然時間が足りない。

 ここで落ち込んでいたところで状況は改善しないのだから、出来ることをやって、何度でも謝ればいいのだ。


 そう決心して部屋に戻ろうとした、そのときだった。


「――アリスお嬢様? 今、誰かとお話しておられましたか?」


 話し声に気づいたらしいベテランメイドのリリーが、廊下の角から〝アリス〟の様子を見に、こちらへと歩いてきた。

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