第1話
アリスが鏡の中の自分と入れ替われることに気がついたのは、約一年前のことだ。
家の端に存在する大きな鏡へと、何の気なしに手を伸ばして触れた。
それが始まりだった。
運動と座学の授業は一日置きなので、今日は座学の順番。
ありすと交代するようになってから、大嫌いな護身術の授業も受けなくてよくなった。
押し付けて悪いかなとも思うけれど、
そもそも私は勉強の方が得意。家庭教師のジーニスもお父様も将来を期待してくれているわ。
得意なことを伸ばしていけばいいのよ。
「アリスお嬢様! 昨日はお手製のお菓子をいただきまして、ありがとうございました! 大変美味しくて、うちの子も大喜びでした!」
「あら。いいのよ、そのくらい」
アリスは自分の部屋への道すがら、声をかけてきた使用人に愛想よく笑顔を浮かべ、手を振り返す。
あの子、そんなこともしてたのね。
お菓子を作れるなんてすごいわね。
自分の手柄ではないのに、アリスはまるで自分が褒められたように感じて、気分をよくした。
自然と背筋も伸び、足取りも軽くなる。
「アリスお嬢様! 今度の舞踏会で着る予定のお召し物ですが――」
「ごめんなさい。明日にしてちょうだい。ちょっと今は気分ではないの」
「ああ! 申し訳ありません。私としたことが、気を急いてしまい……。あれだけ練習しましたからね。当日はお嬢様が最も引き立つ衣装をご用意いたしますので」
「ありがとう」
衣装選びなんて面倒くさいわ。
まるで興味ないし。
あの子が着るんだもの。
あの子が一番気に入るものを選べばいいのよ。
そんな調子で話しかけてくる相手を適当にあしらいながら、アリスはようやく自分の部屋へと辿り着いた。
到着するまでに話しかけられた回数は二桁に迫る。
「ふぅ……。疲れた……」
嘆息し、ベッドへと仰向けに倒れ込んだ。
適度に沈みこむ弾力が心地良い。
話したこともない相手ばかりで緊張したわ。
あの子、あんなにいろんな人たちと関わって、一体何をするつもりなのかしら。
使用人なんかと仲良くしたって、得になることなんて何もないのに。
ああ、けれど料理長と懇意にしてるのは正解ね。
最近は以前よりも一段、料理が美味しい気がするわ。
気合の入り方が違うのかしら?
「おっと。こうしちゃいられないわ」
身体を起こし、ベッドを降りて本棚へと向かう。
鏡の部屋にも本はいっぱいあるけれど、この部屋にしかない本もいっぱいあるもの。
午後には授業もあるし、時間は有効に使わなくっちゃ。
アリスは本棚の前を何往復かうろうろした後でようやく読む本を決め、お気に入りの椅子に座って本を読み始めた。
途中、ジーニスの授業こそ受けたものの、他の時間はずっと部屋に引きこもりっぱなしで、特に何かするようなことはなくアリスの一日は終わってしまった。
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