鏡の部屋のアリス
金石みずき
プロローグ
「アリスお嬢様! 走ってはいけません!」
宮殿と見紛うほどに瀟洒な建物の廊下を、一人の少女が駆け抜ける。
ミラー伯爵家の一人娘、アリス・ミラーだ。
「お怪我なさっても知りませんよ!」
「はーい! ごめんなさーい!」
ベテランメイドのリリーが窘めるも、少女の足は止まらない。
そんな少女にリリーを始めとする使用人たちは、呆れつつも暖かな目線を送った。
「あらあら。すっかり子供らしくなって」
「本当ね。今も日によってはおとなしいですけれど……ずっとお部屋に引きこもりっぱなしだったのが嘘のようです」
顔いっぱいに楽しさを浮かべて軽快に足を動かしていたその少女は、屋敷のとある一角――少女の背丈より大きな、壁に備え付けの荘厳な金装飾が施された鏡の前まで来ると、そこで立ち止まった。
辺りをきょろきょろと見渡して
鏡と正面に向き直る。
「ねえ、
少女が話しかけている先にあるのは、鏡に写っている自分の姿だ。
一見して奇妙な光景。
だが、そのとき不思議なことが起こった。
水面に雫を落としたがごとく、鏡が波打ったのだ。
『ああ、もうそんな時間なのね、
静寂を取り戻した鏡の向こう側。
鏡像だったはずの少女――アリスが、鏡の前の少女――ありすと独立して動き出す。
『こちら側は時間の経過が早くて困るわ』
「アリスは本の虫だもの。きっと集中しすぎていただけだわ」
ありすはクスクスと、口に軽く手を当てて上品に笑った。
アリスも同じ所作で『そうかもしれないわね』と笑う。
二人はひとしきり笑ったあと、ありすは「じゃあそろそろ――」と右手をかざすように、ゆっくり鏡へと近づけた。
同時にアリスも、鏡写しに左手を近づける。
そして二人の伸ばす手が重なった瞬間――ほんの一瞬だけ、強い光が
少し間を置いて、鏡の前の少女がゆっくりと目を開ける。
「じゃあまた明日来るわね、ありす」
『うん、待ってるわ。アリス』
こうして二人は反転する。
今日のありすは明後日のありすで、昨日のアリスは明日のアリス。
二人は一日置きで順番に、この世界を生きている。
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