番外編 正直

《美姫視点》


花火が全て打ち上がって薄暗さが戻った美術室。あたしの隣にはクラスメイトの佐藤がいる。佐藤は事後、直ぐにあたしの裸体に自分のワイシャツを掛けて隠し、自分は下着とズボンだけを履き上半身裸の状態で寝転がっていた。

「…佐藤ってさ。下の名前なんて言うの?」

あたしは佐藤の方へ顔を向けて話しかける。

「……マサキ。」

「…へぇー。マサキか。どうゆう字?」

「……正しく直すで、正直まさき。」

「………正直しょうじきで、正直まさき…?」

「……。」

「…ブフッッ!」

ダメだと分かってはいたけど思わず吹き出してしまった。

「ちょっと酷い!!」

「アッ、ハハハハ!!ごめんごめん!!違うの違うの!」

「どうせ馬鹿にしてるんでしょ。」

「違うってば〜。…そのまんまだなって思って。」

「そのまんま…。」

「いいじゃん、佐藤にぴったりだし。」

「…正直しょうじき、この名前あんま好きじゃないんですよ。みんなにからかわれるし…。よく変なのって言われました。」

「ふーん…別に変じゃないよ。


それに、あたしは好きだよ?その名前。


もちろん、字も含めて。」

「……。」

佐藤は少し顔を赤くしながら、瞳孔が開いた猫のように目を丸くした。

「…俺の事、好きですか…?」

「名前の話ね?」

佐藤は肩を落としている。

「フフフ、今は名前だけが好き。」

「名前だけですか…。」

「注目する所そこじゃないんだけど。」

正直者というか天然なのかな、佐藤は。

「佐藤ってさ、中学の頃から好きだったんでしょ?あたしの事。…当時のあたしとなら、ヤろうと思えば簡単にヤレたのに、どうして誘わなかったの?」

「……それは違うかな。」

「…。」

「高井さんの言う通り、確かにそうだったのかもだけど、俺はそれを望んでない…。ちゃんと俺を1人の男として高井さんが意識してくれた時に…って思ってた。昨日まで。」

佐藤は少し悲しそうに笑っていた。

「まあ、我慢できずに手を出してしまったし…本当は高井さんを誘う勇気がなかっただけ。」

「…佐藤を。」

「ん?」

「あたしは佐藤を、1人の男としてみて、誘ったよ。…ここに来たのが晶や違う男子だったら…あたしは絶対、体を差し出してない。」

都合のいい事を言っているのは自分が1番わかっている。

「中学のあたしは、誰にでもだったけど…今は、違うから。」

「…慰め?でも嬉しいよ。ありがとう。」

「…。ごめん、嘘。佐藤があたしの事好きなの知ってたからあたしが手を出した。…結局、自分の事を見てくれる人、そばに居てくれる人を…」

「うん、分かってる。


…高井さんの事、ずっと前から見てたから。」


「……。」

心臓がドクンッと脈打った。…元彼と、あいつ以外で…こんな切ない気持ちになったのは初めてだった。

「…ありがとう。…あたしも…これからはちゃんと、見るね。」

佐藤は素直に微笑んだ。

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