第26話 憎まれ姫と憎めない子

文化祭が無事に終了し、私たちは装飾の片付けに追われていた。本日は午前中に片付け、午後は授業。授業が2時間だけという理由で学校を休む者も出てきた。

「安藤さん。」

「!…田山くん!」

「ぶは!今回は間違えなかったね!」

田山くんは笑って冗談を言いつつ話を続ける。

「…昨日の事なんだけど。…花火、一緒に見れた。」

「!じゃあ…!」

「ううん。一緒には見れたんだけど。まだ別れるつもりは無いんだってさ。」

田山くんは首を横に振った。

「……そっか。」

「けどね!考えてはみるって!今の彼氏に色々思う部分もあるみたいで…。それに…俺の気持ち、嬉しいって…言ってくれた。」

「凄いね…!おめでとう…!」

「いやだから振られてるのよ!」

彼は鋭いツッコミをした後、優しく笑った。

「だからさ…安藤さんも。お互い頑張ろうね。」

「…うん、そうだね。」

田山くんの話を聞けて嬉しい気持ちだった。けど少しだけ…昨日の辛さを思い出してしまった。

「あ、そうだ。...田山くん、これあげる。」

私は自分の気持ちを誤魔化すように、カバンの中から個装されたクッキーを取り出し、田山くんに手渡した。

「昨日のお礼…だよ。」

「おー!ありがたく頂戴した!…やっぱり、安藤さんはいい人だね。」

「…?」

「ほら昨日、あんな事言ってたからさ…。安藤さん達の事情はよくわかんないけど。…安藤さんは悪い人じゃないって、俺が保証する。」

「…ありがとう。」

「んーまー、仲良くなったの、昨日なんだけど!」

「ぷ、確かに…。」

愉快に笑う田山くんと一緒に、私はダンボールを片付けた。




「あれ…。美姫は?」

お昼休み。それぞれのクラスの片付けが終わり、私達はいつもの中庭へ集まる。

「あー…なんか今日は来ないって。俺の所に連絡があった。」

「ほーん。珍しいね。クラスの子とご飯食べてるんかね。」

日向は昨日の事など何もなかったかのようにメロンパンを頬張っていた。

「…私も用事があるから、食べたら少し早く戻るね。」

「おーおっけー。じゃあ僕は晶君と2人でよろしくやってます♡…おえー。」

「気持ちわりぃ。しかもおえーってなんだよ。」

2人がいつも通りでいてくれてホッとする。私は少し早くご飯を平らげてその場を離れた。



「…美姫は…どこだ。」

美姫を探す為に3組の教室を覗きキョロキョロした。

「あ…あそこだ。」

美姫は窓際の席に座り頬杖をつきながらスマホを触っていた。

「み、みきぃー……。」

私の蚊の鳴くような声では美姫には届かない。私がどうしようかともじもじしていると、顔見知りに声をかけられた。

「あれー!安藤ちゃんじゃん!」

「!…五十嵐さん…!」

明るい声と愛嬌のある笑顔で私の名を呼ぶ女の子。去年同じクラスだった五十嵐さんだ。

「久しぶりじゃーん!元気してたー??」

「元気だよ…!」

五十嵐さんは嬉しそうに私の両腕を上下にぶんぶんと振った。と、取れる……。

「昨日写真撮れば良かったね〜!けど会えなかったもんなぁ…。」

五十嵐さんが大きな瞳を閉じて考えるポーズをした。五十嵐さんなら…。

「あ、あのね、五十嵐さん。」

「んー?なあに?」

「美姫…高井美姫に用があって……。」

「…美姫。」

私が美姫の名前を出すと、彼女の顔に緊張が走った気がした。五十嵐さんの反応を不思議に思っていると、彼女の隣にいた女の子が口を開いた。

「チッ、高井かよ…。」

「…え、?」

舌打ちをしたその子は美姫の方へ顔を向け、教室中に聞こえるくらい大きな声で次のように言った。


「ヤリマン姫ーーーー!」


ざわついていた教室がその子の一言で静まり返る。美姫はこちらをみて目を丸くしていた。数秒の沈黙の後、あちこちからクスクスと笑い声が聞こえる。

「ちょ、千華ちか。やめようよ。」

梨沙りさは甘いんだよ。梨沙だって被害者なのに。」

「それは…!」

「いーよ五十嵐。」

千華と呼ばれた女の子と五十嵐さんが揉めていると、いつの間にかこちらに来た美姫が五十嵐さんを止めていた。

「春でしょ?あたしに用があるの。あっちで話そう。」

「…美姫。」

美姫は私の手を引いて教室を出る。

「……あんたは処女でしょ?なんかごめんねぇ??」

「なっ…!!」

美姫は千華さんに一言だけ告げ、廊下を歩いた。



「……。」

どこに向かって、何を考えているのかは分からないが、美姫は私の手を引いたまま1度もこちらの顔を見ようとしない。私も私で俯いて歩く。

先程の千華さんの発言…教室中があの発言に対して嘲笑していた。あの子は五十嵐さんのお友達だよね?あの優しい五十嵐さん…まさか彼女も美姫を…。

「安心して。五十嵐はあたしの事を悪く言ったことは1度もないから。」

美姫の言葉に頭をあげると、2年の教室と3年の教室を繋ぐ渡り廊下に辿り着いていた。美姫は立ち止まるが、前を向いたまま話を続けた。

「五十嵐の隣にいた人。綾柳あやなぎって言うの。あの子があたしの事、気に食わないみたい。」

「…。」

「クラスの子はみんな綾柳が怖いから合わせてる。…と思う。まあ別にどうでもいいんだけど。…むしろ五十嵐は最初、あたしと仲良くしようとしてくれた。あのクラスで唯一、あたしに声をかけてくれたのは五十嵐だけ。」

「…そう…だったんだ。」

「最初のうちは仲が良かったの。……けど今は少し、気まずい感じになっちゃって…。」

「……どうして私が五十嵐さんの事考えてるってわかったの…?」

「んー?春の考えてる事は大体分かるよ。」

美姫はやっと、私の顔を見てくれた。

「だって春、わかりやすいもん。」

「……えへへ、そっかぁ…。」

私は少し恥ずかしくなって相好を崩す。

「…あたしの所に来たのも、お昼ご飯の事でしょ?」

「…そんなにわかりやすい?」

「うん、嫌なくらい。」

美姫はこの日初めての笑顔を見せてくれた。




《美姫視点》

「…今日、来なかったから…。昨日の事…もあるし…」

「あーなしなし。」

あたしは手を縦にし、ひらひらと振ってみせた。

「春、謝るつもりでしょ?そうゆうのなし。……夏休みの件もあるし…今回でおあいこ。」

実際の所、おあいこだなんて随分甘えてる。あたしはこの子がくれたストラップに傷をつけてしまったのだから。

「それにさ、今日行かなかったのは違うの。…今日さ、お弁当じゃなくてサンドウィッチなんだ。…コンビニの。」

「…お母さん、忙しかった?」

「……そうね。だからいつも、あたしが作ってるの。自分のお弁当。」

「!…そうなの?」

「うん。今日お弁当作るの、サボっちゃって。…なんか、かっこ悪いなって思ったんだ。…だから今日はみんなとは食べないって決めた。」

あたしはまたこの子に嘘をついた。お弁当の事は本当。なんだか今日は作る気になれなかった。……そして少し、1人になりたかった。日向が春を選んだ事実を忘れることが出来なくて…。

「…美姫は、凄いよ。」

「…。」

「私が保証する。美姫はかっこいいって。」

「…ありがと。」

ママは常に忙しいから、あたしがママの力になりたい。そう思った小学生の頃、朝食とお弁当はあたしが作るようになった。不格好なお弁当でも、ママは嬉しそうにいつも職場に持って行ってくれた。

…中学生に上がった後、ママは更に忙しくなって職場のケータリングを使うようになった。だから今となってはママの分は作っていない。

今日みたいに気分が良くなくてお弁当を作らなかったのはこれで2回目だ。…1回目は春が記憶喪失で入院していた時…。

「あーやっぱサンドウィッチだけじゃ足りないや!購買行ってくる!」

「あ…じゃあ私は飲み物買いに行く…!」

「おっけー!じゃあ競走ね!」

あたしは春に告げ小走りに渡り廊下を駆け出した。

「あ…!待って〜…!」

背中からあの子の声が聞こえる。


ほんとに……素直に憎めないところが、凄く憎い。



「……ちょっと!本気で走らないでよ!!」

春は直ぐにあたしを追い抜かしてどんどん先へ走っていってしまった。

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