第24話 君は…とても綺麗だった
《美姫視点》
誰もいない美術室。あたしはまだ片想いのあいつをここへ呼び出した。外はもう既に暗くなっており、グラウンドにはたくさんの生徒が、打ち上がる花火を待っている。
「美姫。」
ガラガラッ、と美術室のドアの音を立てて日向が入室し、あたしの名前を呼ぶ。
「…日向。」
あたしはあいつの名前を呼び返した。
「……あと少しで花火始まるかな…。日向は覚えてるか知らないけど、去年もこの美術室で2人で見たよね。…去年は確か」
「ごめん、美姫。」
日向があたしの話を遮る。
「記憶喪失のあの子を、僕は1人には出来ない。」
「……。大丈夫でしょ。…それにほら、晶がいるだろうし。」
「…。いや、僕じゃないと駄目だ。」
「〜〜ッ!!なんでよ!!」
あぁ…駄目。
「どうしてあの子ばかり優先するの?!」
止まらない。
「今この時間くらいあたしの事を優先してよ!!」
醜い。
「それともなに?あたしの事嫌いになった??」
辛い。
「それなら言い訳してないでそう言ってよ!!!」
痛い。
「……。嫌いになんかなってないよ。けど…好きか言われたら…ごめん、分からない。」
「……っ。」
泣くな、あたし。泣いたらだめだ。ここで泣いてしまったらきっと…日向は困ってしまう。日向はほんと…嫌になるくらいお人好しだから。
「……ごめん。」
日向はその言葉だけを残し、美術室を去っていった。
''好きか分からない'' そう言われるのは分かってた。…分かってんだよ、そんな事。
「………あの子が…ずるい…。」
薄暗い部屋の中、あたしは取り残された。この美術室にはフィンセント・ファン・ゴッホの自画像のレプリカが飾ってある。ゴッホがあたしを…哀れな目で見ているような気がした。
「……?」
制服のポケットに違和感があり手を突っ込む。…あたしの手のひらにはイルカのストラップがあった。
「………ぅヴ!!」
気づいたらストラップを床に投げ捨てていた。
「違う、違うの…。こんな事がしたい訳じゃない…。」
こうでもしないと…このぐちゃぐちゃな感情が落ち着かない気がしてしまった。
「…今のあたし、全然綺麗じゃないな。…すっごく汚い。」
少しだけ落ち着きを取り戻し大きな窓の下にある小さな棚に腰掛ける。ここからの花火はきっと、凄く綺麗だったんだろうな…。
「……高井さん?」
日向が開けっ放しにしていたドアから同じクラスの佐藤がこちらを見ていた。
「…佐藤。」
佐藤はどこか緊張しているように見えた。
「…佐藤さ。あたしの事、好き?」
「……え?」
「あたしと、シよ?ほら、ゴムならここにあるからさ。」
あたしは胸ポケットにしまっていた避妊具を佐藤に見せる。
暗くて良く見えてなかった佐藤の困惑した顔を照らすかのように、あたしの後ろで大きくて綺麗な花が咲いた。
「……。」
日向は春を選んだ。その事実が悲しくて…寂しい。あたし最低だから…この寂しさを、何も悪くない、そこにいただけの佐藤で埋めた。
中学の頃を思い出す。あたしの事を雑に扱ってヤり捨てた元カレ。元カレを失った寂しさから男を求めた。これまで色んな奴と体を重ねたけど…佐藤は唯一、不慣れながらも優しい手つきで…あたしに体温を与えてくれた。
「…佐藤……気持ちいい?」
あたしは佐藤に訊く。
「……高井さんは?」
あたしの質問を無視して佐藤はあたしに聞き返した。
「あたし…は…。」
あたしの頬を涙が伝った。
「………辛い。」
用意していた言葉とは別の言葉を無意識に発していた。涙は止まらないどころかどんどん出てくる。
佐藤はそのままあたしを強く、けどどこか優しく抱きしめて……体をビクッと震わした。
「こんな事しておいてなんだけど…。彼氏さん、大丈夫なの?」
事を終えた佐藤があたしの隣に仰向けになり、心配そうな顔で尋ねる。
「……大丈夫。振られたの、彼氏に。」
「え…?」
「…あいつの今大切な人は…彼女であるあたしではなくて…違う子みたい…。」
「……。」
どうしてあいつはあの子が好きで…あたしはあいつの事を好きになってしまったんだろう。
「…こんな思いするならさ。好きになんてならなきゃ良かったな…なんて。」
神様は理不尽だ。あたしが欲してないものばかり寄越して…あたしがほんとに欲しいものはくれないのだから。
「でもそれって…浮気なんじゃ…。」
「…ふふ、この状況でそれ言う?」
「そ、そうですよね…。」
佐藤はぐうの音もでないようだ。
「…元々さ、あたしが一方的に好きだったんだ。あいつの事。…あたしから交際を申し込んで…最初は断られたの。''美姫の事は好きだけど。それが恋愛の好きか分からない。''ってさ。真面目かよって。」
「…。」
「けどどうしても…諦められないというか…後悔する気がした。だから、それでもいいって。付き合っていくうちに好きになる可能性もあるから…って。無理やりYESと言わせた。」
「そうだったんだ…。」
「…だから分かってたの。なんとなくだけど…あいつはあたしに振り向く事はない…ってさ。…だってあたし、あいつと寝た事、1度もないもん。」
あたしとあいつは恋人だった。本当は今も付き合っている。それはもちろん、他の2人も知っていた。…記憶を失ってからは、全部なかったかのようにされている。
「……高井さんっ。…俺じゃ…駄目かな?」
「…。1回寝たら、ほんとに好きになっちゃった?」
「……ううん。違う。高井さんは覚えてないと思うけど…俺は中学の頃の高井さんを知っている。」
「……え?」
中学の…あたしを?
「俺実は、高井さんと同じ中学だったんだよ。…高井さんはそんな事なんて、知らなかっただろうけど。」
「嘘…。」
「ほんとほんと。あぁ、追いかけてこの高校入った訳では無いからね?…それはほんと偶然。」
「…。」
「高井さん。美術部だったでしょ?」
「…ほんとの様ね。」
あたしは絵を描く事が好きで、大好きで、中学生の頃はよく美術室にいた。…あたしの見た目があれだから、同じ美術部に友達なんていなかったけど。
「俺中3年の時、1回だけ美術室にスマホを忘れた事があったんだよ。…しかも美術の授業は6時間目だったから、放課後に取りに行ったんだ…。誰もいないかと思って中を覗いたら…大きなキャンバスに女性の絵を描いている生徒がいた。」
「……。」
「その時の君は…とても綺麗だった。」
「………。あたしの噂の事、知っててそう思ったの?」
「…うん。高井さん、有名人だったからね。だからこそ、本当の姿はこんなに美しいんだって思ったよ。」
汚姫だった頃のあたしを知っていて…それでも綺麗だと。そう言ってくれた佐藤に…少しだけ、近づきたいと思った。
「その頃からだよ、俺が高井さんを…好きになったの。」
「…そんな前から…。」
「…引いた?」
「ううん。嬉しい。そんなふうに思ってくれた人、佐藤が初めてだから。…今まで近づいて来た人は…佐藤とは違った。」
「…。」
「…でも。…卒業式まで待って欲しい。」
「…卒業式?」
「うん…。振られたってさっき言ったけど…きちんと別れ話をした訳では無いの。…曖昧でごめん。」
「…。」
「それにやっぱり…まだあいつへの気持ちはあるんだ。」
「…そっか。」
「だからちゃんと…自分の気持ちを整理したい。…でも佐藤をキープしたい訳じゃないの。だから…もし佐藤が別に好きな子が出来たら、構わずその子と付き合って欲しい。…後悔して欲しくないから。」
「…。」
「…自分の気持ちを確かめて…佐藤に向き合う事が出来たら…卒業式で、あたしから佐藤に告白させて欲しい。」
「…うん。分かった。…きちんと考えてくれてありがとう。…色々順序は間違えてるけど…とりあえず友達として、よろしくね。高井さん。」
「…うん、よろしく。」
…初めてだ。こんなに真っ直ぐ、偽りのない言葉を言ってくれた人は。
「…で、気持ちよかった?」
「…めちゃくちゃ気持ちよかったです。」
佐藤はほんとに正直で愛らしいな。
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