第21話 タピオカおじさん

 夏休みが終わり、本日から学校が始まった。教室内では日焼けしてる者、一生懸命宿題をやってる者、いつの間にか恋人になり周りから冷やかされている者…まるで漫画に出てくるような夏休み明けだ。

「…春!」

 教室のドアから顔を覗かせ、私の名前を呼ぶ子がいる。…美姫だ。

「美姫…!おはよう。ちょっと久しぶりだね。」

「うん、おはよう。……あの、その…。」

 実は例の水族館の時以来、美姫とは顔を合わせていなかった。特に連絡を取ることもなく、今日がやってきたのだ。

「ごめんね…あんな事して…。」

「……。あ、ドタキャンした事?そんなの気にしてないし、仕方ないじゃん。」

「え…いや、そうじゃ」

「そんな事より……はい、これ。」

 私はあの日に買ったイルカのストラップを美姫の手の上に乗せた。

「約束したお土産。」

「……ありがとう。ほんとに…。」

 美姫はお礼を言い、少し顔を歪ませた。

「……嬉し泣き?」

「…そう。いや、泣いてないけど!…大切にするね…。」

 彼女は私が渡した物を受け取り、ポケットにしまうと「じゃあ、行かなきゃだから。」と一言言って去ってしまった。

 …気づいてないふりをしてしまったけど…正解だったかは分からない。罪悪感からか美姫は表情が暗くなってしまっていた。次にあった時にはいつも通りの美姫に戻っていればいいな…。



「んでさー!あたしのクラスがさー」

 よかった。いつも通りの美姫に戻っていた。

「映えそうなクリームソーダを売ろうって言ってるんだよ?定番の緑だけじゃなくて青とかピンクとか?予算内に収まるか考えてる?って思ってさー。」

「へー。タピオカじゃないんだ?」

「……日向。いつの話してるのよ。」

「え?!タピるって今死語なんです?!」

「タピオカブームは終わったよ〜。まああたしタピオカそんなに好きじゃなかったから興味なかったけど。」

「今は映えるクリームソーダかクラフトコーラじゃない?なんか番組の特集で見た気がするわ。」

「お!さっすがおしゃれ男子晶くん!知ってるね〜。」

「え、ねぇ!待って!まるで僕が流行りに乗れてないおじさんみたいじゃん!」

 夏休みが終わったばかりだが、私たちの通う高校では今月末から文化祭が始まる。各クラスの催し物を先程のHRの時間で決めていたのだ。

「…春、僕流行に疎いおじさんじゃないよね??」

「……。うーん、タピオカはちょっと…古いかな…。」

「うわあああやめてえええ。」

 日向は頭を抱えてしまった。

「日向と晶のクラスは何やるの?」

「俺たちは…当日までのお楽しみ☆」

「えー気になるじゃーん!まあ楽しみにしとくよ。…春のクラスは?」

「…私のクラスはお化け屋敷やるよ。」

「お!お化け屋敷いいね!春ちゃんもお化けやるの?」

「うーんまだ決まってないけど…お化け役はみんなやりたいだろうし、私はあまり気乗りしないから受付かな…。」

「じゃあ当日4人でシフト合わせて回ろうよ!その時に春ちゃんの所のお化け屋敷行こ!」

「いいねいいね!あたしもお化け屋敷行きたい!」

「…僕はいいから、3人でどうぞ☆」

「だーめー。日向も行くの!」

「えぇー…。タピオカおじさんはお化け怖いよぉ…。…クリームソーダがいいな〜。」

「タピオカおじさん、美姫と一緒にあたしのクラス行こうね♡」

「うん♡タピおじ楽しみ♡」

 美姫と晶とタピオカおじさん…今年の文化祭は楽しくなりそうだ…。…去年の文化祭は…覚えてないや。…いや、思い出したくないの……かも。



 昼休みの終わりが近づき、4人はそれぞれのクラスへ戻った。私は教室で1人、席に座って授業の準備をする。

「ねー安藤さん。」

 いつの間にか隣の席に座っていた同じクラスの女の子が私に話しかけた。

「よく安藤さんが一緒にいる、日向くん?って彼女いたりする?」

「え…?ど、どうして…?」

 私は何故か声を上ずらせて聞き返してしまった。

「えー?そこ聞いちゃうー?日向くんかっこいいから、彼女とかいるのかなー?って。いないなら後夜祭、誘っちゃおっかなー?なんてー?あはは♡」

「こ、後夜祭…?」

「うちの学校、後夜祭で花火打ち上げられるじゃん?その花火を一緒に見れた2人はずっと一緒にいられるー。って噂があるとかないとか♡」

「わからないんだね…。」

「でもねでもね!!校内カップルで卒業した先輩達、そのまま夫婦になった人達多いんだよ!!うちのお姉ちゃんも当時一緒に花火見た彼氏と最近結婚したの!!」

 私も実はその噂話を聞いた事がある。どこで聞いたかは……忘れた。

「で!いるの?いないの?」

「……いるよ。」

「なーーんだーーいるんだーー。まあそうだよねーかっこいいもんねー。…え、てかまさか安藤さんが彼女だったり?!」

「いやいやいや!違うよ!」

「あっはは全否定!!まあいいや。彼女持ちなら興味なーい。ありがとね!」

 そういった彼女は何事もなかったように自分の席に戻って行ってしまった。ああいうの、なんだろ。フッ軽?ていうのかな…。

「……。」

 日向に彼女がいる…。咄嗟にそう言ってしまった。…本当は知らない。けどなんとなく…そう言ってしまった。

(ほら、私、記憶が曖昧だから。いると思った。って事で…。)

 そう…自分に言い聞かせた。


 花火…夏祭りに一緒に見たな。

 ………タピオカおじさんと。

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