第20話 あたしには分からない

《晶 視点》


 ありがとう、楽しかった。との言葉とは裏腹に、少し泣きそうな顔で笑っていた彼女を見送った後、俺は近くの壁に寄りかかりスマホを触る。

『 ………はいはーい。』

「……美姫、お前何考えてるんだ?」

 俺は怒りを抑えて冷静に聞いた。

『 えーなにー?怒ってんのー?』

「やり方が汚い。」

『 …。でもあんたからしたら悪い話ではなかったでしょ?』

「お前何言って、」

『 好きなんでしょ?あの子の事。気づいてないとでも思った?』

「……いつから。」

『 割と前から。分かりやすいよ、あんたもあの子も。…まあ当の本人は気づいてないみたいだけどね。』

 俺は春ちゃんの事が好きだ。不器用だけど、相手を喜ばせようと言葉や行動を考えるような優しさに惹かれていった。

『 あの子もまあ…私に幻滅してたでしょ。…まあしょうがないよね。』

 美姫はそのまま話を続ける。

『 あたしさ…自分でこんな事言うのもあれだけど、まあ綺麗じゃん?…だから、その、結構モテたんだよね。…中1の頃、好きになった部活の先輩と両想いになれて…そのまま流れで付き合ったんだよね。……初めての彼氏で…あたしの初めても…その先輩で…。結局その先輩、ただ童貞を卒業したかっただけだったみたいで、あたしは利用されたの。』

「…。」

『 そっからさぁ、あたしは男を知っちゃったから……自分の都合の良い呼び方すると、をたくさん作った。色んな友達とやる事やった。…たぶん裏切られたあたしを、誰かに慰めて欲しかったんだろうね。』

「…。」

『学校中の女の子からは色々言われたよ〜。糞ビッチとか汚姫おひめとか…さ。最初仲良くしてくれてた子達も次第に離れていった…。高校入ったばっかの頃、あたしの今の話、1度は聞いたことあったでしょ?結構噂になってたもん。』

「…。まあ、多少は。」

『だから当たり前だけど、あたしには友達なんていなかった。まあ正直、他人の努力とかを知らないで勝手に嫉妬するだけの生き物、いらないって思った。あたしだって太って顔や体型が変わらないように筋トレしてたり、マッサージを欠かさずやってるし。化粧の勉強だって…。でも、あの子だけは違かった。あたしの噂なんて、まるで気にしてないよって感じで、あたしに近づいた。』

「そうだね…春ちゃんが最初、美姫を連れてきた時はだいぶ驚いた。…美姫だけクラスも違かったし。」

 俺らが1年生の頃、俺、日向、春ちゃんは同じクラスだったが美姫だけは違うクラスだった。

『 あたしあの時、クラスの子に言いがかりをつけられてさ…彼氏奪ったとか言いやがって…知らねーよ。てめぇの彼氏が勝手にあたしに惚れたんだろって感じ。』

 美姫の口調がだいぶ荒くなってきた。元々俺らと仲良くする前の美姫はこんな感じだった。…いや、その中学の1件でそうなってしまったのかも。

『 で、少し口論になって…ぶたれた。あたしはそのクラスの子の事が腹立たしくて仕方なかったけど…どうしても人の顔や体を傷つけるような事はしたくなかったから、その場で腰が抜けたように座り込んでやり過ごした。…その子がいなくなって、こんな思いするならブスに生まれたかった…それで悩んでる人もいるからダメだね。そんなこと思っちゃ…でも当時はそう思いながらボーッとしてた。……そしたら来たの、あの子が。』

「…春ちゃんか。」

『 ぶたれて顔が赤くなってたあたしに向かってあの子、なんて言ったと思う?…大丈夫?!熱あるの?!って。そうじゃねーよって……気づいたら爆笑してた。』

「春ちゃんらしいな…。」

『 そこからあの子は、あたしに絡むようになって…あんた達2人にも出会わせてくれた。』

「…あの時の美姫は荒れてたよな。春ちゃんがギャル連れてきたって思った。」

『 そうだね…あの子のおかげで、あたしは荒れる前のあたしに戻れたんだと思う。…あたしの事、友達、って…呼んでくれたのあの子が。…あの子は…本当のあたしを受け入れてくれた。初めての友達。』

「…。」

『 けど…同じ人を…好きになっちゃった…。何人の男と寝てその場の快楽はあったけど……ただそれだけ、だった。…4人で過ごしていくうちに、あたしはあいつの事が好きなんだと、自分の気持ちに気づいた途端…胸が締め付けられるように苦しくなった。初めての彼氏の時とは全然違う…これが誰かを好きになるって事なんだって思った。』

「…。」

 自分にも思い当たる節があり、少し胸に圧がかかる。

『 あたし今まで…嫉妬される側、だった。けど今…あいつはあの子に惹かれている…それを薄々感じて、イライラして…自分が初めて嫉妬する側、になった。』

 嫉妬する気持ちは俺にも痛いほど分かる。

『 あー嫉妬ってこんな感じなんだー…て最初は軽く考えてた。でも日が経つに連れてさ…イライラが止まらなくなって…この前の花火大会、2人でいい感じになっててさ…。見てられなかったよね…。』

 あの日、3人が公園に来た時に、俺は何か変な空気を感じていた。その違和感はどうやら間違っていなかったようだ。

『 それで…今日みたいな事、思いついちゃった…。あんた達2人がくっつけばいいな…って。…最低だよね…本当。…恋って、なんなんだろうね…。あたし、こんな感情わかんないよ……ねぇ、晶…


 あたし、すっっごく醜い。』


 美姫の声は震えていた。

「…美姫は…春ちゃんの事、嫌い?」

『 ……。』

「春ちゃんの事、憎い?」

『 ……うぅ、…ズズッ。』

「春ちゃんはお前の事、なんて言ってたと思う?…今回の事怒ってないし、尊敬してる。そう言ってたよ。」

『 …ぁぁ…うわあぁぁ…ズッ。やだあ……。あたし…あたし…あの子の事…春の事が好きだよぉお…。いなくならないでぇえ……ズズッズッ。』

 美姫は我慢できずに電話越しに涙を流していた。

『 ごめん…ごめんねぇ…。あたし…最低だよほんと…。ぅ、うぅ…。』

 俺は美姫が落ち着くまで、ずっと待ってた。…自分と美姫を少し重ねて…同情した。




「…もう大丈夫か?」

『 うん…取り乱してごめん。』

 美姫はひとしきり泣いて落ち着いたようだ。

『 …春にどんな顔して会えばいいんだろう。』

「…いつも通りでいいんじゃない?」

『 いや、それはさすがに』

「いや…春ちゃんはむしろ、変に気を使われるのは嫌だと思う。…自分が悪いんだと言ってたし…。何事もなかったようにするのが1番なんだと思う。」

『 …そうかなぁ。…まあ少し様子見てみる。…友達のままでいたいし。』

「うん…そうだね。まあ、またこうやって話聞くくらいはするからさ…もうこんな事するなよ。」

『 うん…ありがとう。振られた同士、助け合おうね。』

「まだ振られてねーよ。てかお前も振られたわけじゃねーだろ。」

『 …そうね。どうせなら、あたしから振ってやる。…ねぇそれより!春!可愛かったでしょ??』

「……まぁじでその事に関しては感謝しております。本当に可愛かったです。」

『 でっしょー!やっぱあたし才能あるなぁ…。』

 いつも通りな美姫の話し声に安心しつつうんざりした。…報われるといいな、俺ら。

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