第19話 先に出会ったのに

 本日の待ち合わせ場所は都内の駅のすぐ近くにある水族館だ。水族館へ向かう前に駅のトイレに入る。

「……あまり時間かけてる感じはしなかったけど…こんなに変わるんだ。」

 ここへ来る前に美姫に顔を整えてもらった。トイレの鏡でまじまじと自分の顔を観察する。やっぱり私なのだけど…私じゃない感じだ。

「いつもより若干目が大きい…?瞼にラメがついてるおかげか表情が明るく見える気が…。」

 化粧の事は全く分からないが、自分の変化には流石に分かる。…彼は気づいてくれるかな?

「もう行かないと…。」

 腕時計を見ると約束の時間が迫っている。私は早歩きで向かった。




 水族館の入口付近にはたくさんの人がいた。考えてみれば夏休みなので混んでいるに決まっている。

「2人はどこだろ…。」

 辺りを探していると、スマホをいじっている晶の姿があった。

「あ、晶…!」

「お!春ちゃ…ん。…なんかいつもと雰囲気が違うね…?」

「…変かな?」

「いやいやいや!似合ってるよ!大人っぽくなったというか…その…。いいと思うよ!」

「ふ、ありがとう。…そういえば、晶だけ?」

「うん?美姫に春ちゃんと日向連れてくるからここで待っててって言われて来たんだけど…。2人とは一緒じゃないの…?」

「う、うん…美姫は急用で行けなくなって、日向は晶と一緒に来るって聞いたけど…。」

「…。」

「…。」

 お互いが現在の状況を理解した。

「あー…美姫のやつ…わざとだな…。」

「…私たち、はめられちゃったね。」

「うーん……。俺だけでごめんね、今日はやめとく?」

「!…いやいや!謝らないで!…せっかくだし、行こうよ。」

「…俺でいいの?」

「うん…たまには2人で遊ぶのも楽しいかもよ?」

「…春ちゃんがそう言ってくれるなら…。行こうか。チケット買ってくるから座って待っててよ。」

「うん、ありがとう。」

 美姫は最初から日向の事など誘ってはいなかった。きっと…私が調子に乗ったからだ。美姫の気持ちは分かっているが…自分の事を優先してしまったのだ。それに美姫が怒ったのだろう。当然のことだ。全部私が悪い。

「春ちゃん、お待たせ。」

 それに晶の事をこんな形で巻き込んでしまった。

「ありがとう。」

 晶は私の事を考え、帰るかと提案してくれた。晶はたぶん、私の彼への気持ちには気づいている。そんな優しい晶に甘えてしまうのはなんだか違う気がした。

「行こっか。」

 晶と私はこの日、初めて2人で遊ぶことになった。




「クラゲ…綺麗…。」

 ここの水族館の見所はクラゲだ。クラゲ専用のコーナーがあり、様々な色にライトアップされてすごく綺麗なのだ。

「春ちゃんクラゲ好き?」

「うーん…好きというか…綺麗だなって思う。ずっと見ていたくなるような…。」

「そっか。もう20分は見てるもんね。」

「え、そんなに経ってた?ごめん、気づかなくて…」

「いやいや!好きなの見てていいんだよ!せっかく来たんだし…それに今日は俺らだけだから、ゆっくりしようよ。4人だとお互いに合わせるのってなかなか難しいしね。」

「あーそうかも。私マイペースだから…どんどん置いてかれちゃって。」

「ははは。今日はマイペースで楽しんでよ。」

「ありがとう。晶は大丈夫?見たいのない?」

「……うん、いっぱい見れてるから大丈夫だよ。」

 晶は私に合わせて水族館内を回ってくれた。クラゲを見た後はカクレクマノミやクリオネ、ドクターフィッシュなどの可愛らしい魚たち。その次にはエイやマンボウ、サメなどの迫力のある魚を…2人で回る水族館はのんびり出来てとても楽しかった。

「晶、この後イルカショーやるみたいだから見に行かない?」

「もちろん!行こ行こ!」

「時間的にこれが最後になりそうだけど…心残りない?」

「心残り…か…。ううん、大丈夫。」

「わかった。じゃあ、行こっか。楽しみ。」

 充実した時間はあっという間で、私たちは最後にイルカショーを観る事にした。




「春ちゃん?!大丈夫?!」

「あはは…凄かったね…。」

 イルカショーを見終わった私達はびしょ濡れだった。

 最前列が空いていたので、せっかくの機会だから間近で見たいという私のわがままにより、私たちは最前列でショーを観ていた。…が、私たちが座ってた席はちょうど水がかかる場所だったらしく、迫力のある水しぶきにより、私達はまるで海水浴を楽しんだ人達に成り代わったのだ。

「事前にビニールカッパかタオルを買っておけばよかったね…。ごめん、気が利かなくて…。」

「…?どうして晶が謝るの…?」

「……せっかく今日、その…いつも以上に、可愛いのに…って思って…。」

 晶は横を向いて顔を隠すようにして言った。トマトのような色の耳を見て、勇気をだして言ってくれたのだなと思う。

「…ありがとう。今日着てた服、確かに可愛いなって思って買ったやつなんだ…。けど、このTシャツも可愛いよ?」

 私は今身につけてるペンギンが描かれたTシャツを晶によく見せた。ショーが終わったあとに晶が急遽買ってきてくれたのだ。

「……俺が言いたいのは…その…メイクの事だったんだけど…。」

「え!あ、これ?美姫がここに来る前にやってくれたの。やっぱりいつもの私よりいいと思った?」

「え、美姫…?」

「後で美姫に言っとくね。晶が褒めてくれたって。きっと喜ぶと思う…。」

 私は美姫にどんな風に報告しよう、この一件で自信がついてくれたらいいな…なんて考えていた。

「…美姫の事、怒ってないの?」

「え…?どうして?」

「いや、だって…今日、嘘つかれてたんだよ?本当は…」

「その事なら全然怒ってないよ。それに…私が悪いんだから…。」

「…。」

「ちゃんと…分かってた…。私がこんな事、思っちゃいけないんだ…って。だからせめて…、隠しておこう。そう思ってた。」

「春ちゃん…。」

「でもやっぱりさ…全然ダメなの、私。顔、態度…全部ばれてたみたい。」

 私は微笑んだ。…つもりだがきっと、悲しみを含んだ笑みになっているだろう。

「だから美姫が私に、こういう事するのは当たり前なんだよ。…むしろごめんね、巻き込んじゃって。…晶は」

「春ちゃん!!」

 晶が話を遮った。

「俺は…春ちゃんは悪くないと思うよ!…先にあいつと出会ったのは春ちゃんなんだし…それを美姫は…」

「ストップ。」

 今度は私が話を遮った。

「この話は終わりにしよう。私は美姫の事、尊敬してる。…ただそれだけ。」

「…うん。」

「今日はありがとう…楽しかった。凄く。」

「うん、俺も…本当に楽しかったよ。」

「ふふ、ほら。この楽しさは美姫のおかげ。」

「…それもそうだね。」

「今日の事、忘れない。…といいな。」

「うん、俺も。」

「ふふ…じゃあ、ここで。またね。」

「……。うん、またね。気をつけて。」

 私は晶に手を振り別れを告げ、そのまま振り返る事もなく駅へ向かった。






「君はどうしてそんなに自分を…。まあ、そうゆう他人想いな所に、惚れたんだけど、さ。

…先に出会ったのは……俺だって、あいつより先に出会ったのにな。…はは。」

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