第22話 押し寄せる不穏

会社に着き、まずは自分の席に荷物を置いた。


「おはよ。」

いつも俺より早く出社する金森から声を掛けられる。

今日も金森の白く細い指の動きにあわせ、キーボードがリズムを奏でる。



「おう。」

俺は短く返事をする。荷物を置きすぐに部屋から出ようとすると、


「あら、出社してすぐにどこか向かうなんて忙しそうね。」

こちらを向くことはなく、パソコンの画面を見ながら金森は言う。


元カノの様子を見に、なんて女々しい事を俺は言えるわけがない。とっさに口から出まかせが出る。



「あぁ、ちょっと給湯室に。」

そう誤魔化し、足を進めようとすると、



「私の余計なお節介かもしれないけど。元カノちゃんなら、もう会社には居ないわよ。」

そう告げられる。



思わず、「え」と無意識に声を漏らしてしまった時にはもう遅い。この声を金森には聞かれていた。



「分かりやすい。」

そうズバッと言われてしまってはもう何も言えない。大人しく経緯を白状し詳細を聞くことにした。




「……それで、ウチの会社だったら春はそういえば、かなり年齢が離れてたから、どうなのかなと思ったんだよ。」

「なるほど…ね。」

そう言いつつ金森はなにか考えたような素振りをする。その横顔を見つつ、俺は問いかける。




「なんで金森は俺が春の所に行こうと思ったってすぐ分かったんだ?」

すると画面からゆっくりと目を外し、こちらに顔を向けると、女の勘。とだけ言葉を発し、ニヤッと笑みを浮かべながら、また画面へと顔を戻す。



女の勘、怖えぇ…。


これは女の勘というより、金森の勘が鋭いだけなのでは、とも思いながら、ぼんやりしていると、そこへ元気よくヤツが現れる。



「おはよーっざいますー!」

やっと大学生くらいに見えるようになった南が元気に出勤してきた。



「なんすか!朝から神妙そうな顔して!事件っすか??」

そう言いつつ南は飄々と会話に入ってくる。若者は朝から元気だ。



「あ、南くん。いいところに。五條くんの元カノちゃんなんだけど、なんで辞めたか知ってる?」金森が訊ねる。



「いや、詳細には分からないっすけど…」

と南は前置きし続ける。



「なんか、あの調子だったから、周りからもあまり信頼ない上に頼める仕事も無くなってきて。って時に自分から退職届を出して、出て行った。って同期からは聞きましたね。なんか、最後は人が変わったように大人しくなっちゃったとか。」

そう思い出しながら南は話す。




普段はなんとも思わないのだろうが、今日の俺は南が話した『人が変わったように』というフレーズに敏感に反応した。



「あ、あのさ。一緒に働いてた人達は、今も誰か連絡取ったりしてるのか?ほら、給与振込とか、書類とか、そういうのあるんじゃないか?」

そう食い気味に疑問をぶつけつつ、俺は手に汗を握る。


こんな身近でそんな怖い事が起こってたまるものか。そんな意地みたいなところもあった。しかし。



「いや、何も特に聞いてないっす…」

俺の焦りが南にも伝わったのだろう。何故こんなにも焦っているのだろうという疑問が南の表情から、うかがえる。



「そっか…そっか…。」

俺はそう言って自分を落ち着かせようとしてみるが、なにやら手汗だけでなく背中全体にも嫌な汗が吹き出る。

あまりに鼓動が強すぎて、俺の心臓の鼓動に合わせて自分が小刻みに身体が揺れているように感じる。




俺のそんな様子を見ていた金森は口を開いた。

「元カノなんだから、家くらい知ってるでしょ?行ってみたら?」

そう軽く提案してくる。



そりゃ、そんなのは勿論知っている。

だが…。



「勇気が出ないんでしょ。雑誌に書かれてた事みたいに万が一何もなかったらどうしようって思ってるんでしょ。」


そう、そうなのだ。

元カノに偶然出会ってしまったら気まずいんじゃないか、とかもあるにはあるが、それ以上に何もない。という得体の知れない状況になるというのが1番怖いのだ。

そう悩んで、俺が言葉を発せずにいると



「しょーーーがないっすねぇ!」

と元気な声とともに、しっかり肩を掴まれた。



「今日、仕事終わったら!3人で行きましょ!元カノさんの家!」

そう言って二カッと南は笑う。

金森も相変わらずこちらを見る事はないが、しっかりと頷きながら、しょうがないわね。とつぶやく。



「あ、ありがとう。」

なんだかんだ心強い2人にお礼を言ったところで始業のベルが鳴る。



「さて、仕事しますか。」

そう言って俺らは終業時刻を待ちながら仕事に取り掛かった。

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