第21話 消えた人々

ミーンミンミンミー……

世界が変わろうと、今日も朝早くから元気にセミが鳴き続ける。

1週間しかない地上での命。

果てるまで全力で飛び回り鳴き続ける。

その全命をかけての勢いは、今の俺には無い。



「あっつそうだなぁー……」

俺はこれから出ていくだろう家の外を眺めながら冷房の中で過ごす。朝、お気に入りのソファで飲むコーヒーは格別だ。



この世界になり、早一ヶ月が経っている。

たった一ヶ月で世界は変わった。手に持っている雑誌を眺めつつ、そう思う。




『大人っぽく見えるメイク術』『最新の画像加工アプリとは』『最先端!若見え着回し術』

雑誌の見出しは外見に関する記事で持ちきりだ。



ここ最近、特に大手企業では年齢不相応な外見の場合は、社会に適合していないと見られ、人前に出るような仕事をさせてもらえなくなった。実質、解雇宣告のような扱いを受けている人も多い。


しかし、外見は年齢のように数値化は出来ないので、なんとかして外見を変えられないかと世の中は必死なのだ。



確かに飯野課長の外見の年齢は少しずつしか変わらないものの、ボサボサだった髪や眉毛も整えたので清潔感が増し、課内での評判は以前より良い。



「ウチの課長も以前は……」

そうボヤきながら先日の出来事を思い出す。




姿が変わってすぐは可哀想なくらい仕事がふられず、課長を通すことなく、直接上部から連絡が来ることも度々あった。

しかし、最近は奥さんとのディナーの件もあり気持ちを取り戻したのだろう。


「いいのいいの。」

が口癖だった課長。しかし最近


「いいね!」


という前向きなセリフが飯野課長の口から発せられる事も出てきた。



初めて課長に「いいね!」と言われた時は、俺だけじゃなくて課内の皆が課長をみた。

あの光景は未だ脳裏に焼きついている。




そんな事を考えていると、俺の目をひく記事があった。


『本当に本人!?急に人間性が変わった人達』



急に変わる?外見は急に変わっているが……

そう思いつつ記事を読む。



――――――

皆さんの周りにも急に外見が幼くなったり年寄りになったりした人達がいるでしょう。その人達は社会的にどのような扱いになっているかご存知だろうか。周りからも扱いが雑になり、腫れ物のような扱いをされていないだろうか。



このように実年齢より大きく精神年齢が外れ、社会的に生きづらくなった人達は今、世間で『アウトオブエイジ』、通称『OA』と呼ばれている。



OAの彼らは、家庭では勿論のこと、社会的にも居場所が無くなり、OAは、やむを得ない解雇処分の理由にもなりつつある。このようにして、解雇された人達は働けない為、金銭的にも余裕がなく、家族からも見放され、再就職先も見つかりづらい。まさに人生終了となる現状がある。




そんなOAと言われる人達が、最近、突然中身が変わったかのように変化する例が報告されている。この変化はOAチェンジ、通称『OAC』と呼ばれ、各地で起きている。




例をあげよう。

地方在住の40代男性は突然10歳くらいになってしまい、別居・離婚を言い渡され、来月解雇予定だった。



しかし、先日、突然職場や周りの人達に今までのお詫びとして、挨拶まわりをし、自分が居ると職場に迷惑がかかるだろうと全て綺麗に引き継ぎをし、自ら退職予定日を早め、立ち去っていった。



突然の出来事に会社の職員は心配になり、家を訪ねたところ、本人は勿論、家も跡形も無くなっていたという。その後、本人とは連絡がつかず、未だ彼の姿をみた人はいない。



そう、OAの人達は人知れず姿を消しているのだ。



このような例は他にもあり…………


――――――――――



「へぇ、こんなことが……いや、でもなんか気味が悪いな。家まで無くなるなんて。どこに行ったんだ?」



そんな事を思うと、ふと自分の元カノ、春を思い出した。確かに春も会社の中ではかなり浮いているくらい幼くなっていた。



そして、そういえば自分も別れてからずっと会っていない事に気がつく。所属しているところが違うので当然といえばそうだろうが……。



そんな事を考えると妙な胸騒ぎがした。たとえ別れたとはいえ、何かあると、それはそれで後味が悪い。厄介事には巻き込まれたくないし、余計なお節介だとは思うものの、



「少しだけ覗いてみるか」



そう言って俺はソファから立ち上がり、出勤すべく玄関へと足を進めた。

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