第20話 失敗は最高の酒のつまみだ



・・・


それからは、いつも通り他愛のない会話をしながら、チーズとナッツをつまみにアルコールを嗜む。ワインにチーズはとても良い組み合わせと言えよう。


しかし、この世界には、どんな料理人も勝てない酒のアテがある。




それは不満だ。




酔いがまわり

口がまわり

やがて気が大きくなり



世界がまるで自分達しか居ないかのような気持ちになる。そして心を許し、普段心の奥底に眠っていたものを『酒のアテ』として引っ張りだす。これは俺達2人にとっても例外ではなかったようだ。




「なぁ……」

金森が2杯目のワインを飲み終え、ナッツに手を伸ばそうとしているところで声をかける。


「なに?何か頼む?3種のハムとかどう?」

とナッツを親指と人差し指で摘みながら金森が応える。

食べる物が完全に無くなる前に、提案してくるのは流石と言えよう。



「ハムは……そうだな、頼もうか。」

そう相槌をうち、マスターにオーダーした後、先程言いかけた事を再度持ちかける。



「金森みたいな完璧な人は不満とかないの?」

なんとなく普段から感じていた事を口に出す。最近は後輩だけでなく、同期や先輩のフォローまでしている事もある。不満の1つや2つあるだろう。




「ふふっ、急にどしたの?」

金森はそう言って俺を茶化すような笑みを見せる。

そして、



「なあに?不満がありそうに見える?」

流し目でこちらを見ながら金森が問いかけてくる。いつも職場で見ている、この流し目もバーで見ると少し色づいて見えるから不思議だ。



「普通なら不満に思うような事、色々引き受けてるの知ってるからな。今日だって予定あるのに残業してただろ?しかも他人の仕事。」

終業時刻が過ぎても働いていた金森を思い出しながら、俺は返答を促す。


あー、あれね。と相槌をうち、

「あんなのは、ウチの課の出世頭さんと比べたら大したこと無いじゃないわよ。」

と笑いながら俺の話題を流そうとするが、目はどこか陰を感じる。



俺はガツガツ前にチャンスを掴みにいくタイプだが、金森は地盤を固めるような努力の仕方をするタイプだ。派手な仕事の仕方をしない分、暇だと思われることもあるだろうし、先程みたいにサボりたい人から仕事を押し付けられることもある。



「なんで押し付けられる仕事を断らないんだ?金森くらい優秀なら、自分の仕事量が明らかに多いのは自分でも分かってるだろ?」

なんでか、なんて俺でも理由は分かっている。金森の強過ぎる正義感と面倒見の良さが悪い方向に働いているからだ。そんな事は分かっている。それでも俺がわざわざ聞くのには理由がある。



金森は、もっと飛べる。まだ可能性がある。しかし、足枷がついていて飛べないのだ。まだ、飛んだ先にはもっと輝ける未来があるのに。それを自覚して欲しいのだ。




「自分の足枷になるモノは捨てちまえよ。そんな物に、すがってる暇ないだろ。この外見は年月が経っても変わらないかもしれない。でも」



ゴクリ。

俺は手に持っていたシャンディガフを飲み干して続ける。

「なんでも出来る、多少の無茶だって効く。そんな今のこの若い時間は一生戻ってこねえ。無駄にして良い時間なんて1分足りともない」



だろ?と言い、俺は右の口角を上げながら金森を見る。

しかし、まだ浮かない顔をしている金森。

くるりと曲線を描くカシューナッツを指でツンツンと突きながら揺らす。



「頭では分かってるんだけどね……」

そう冒頭に枕詞をつけ金森は続ける。



「それしか、私には取り柄がないから。」

そう言って寂しそうに笑って見せる。今度は目は笑っているのに、口は笑っていない。

まるで『しょうがない』と言い聞かせているような言い草だ。



「私、昔から妹達の世話はよくしてたけど、むしろ、それしかしてなかったから。何か特別出来る事もなく「それって誰に言われたんだ?」


俺は食い気味に言葉を被せる。



「いや、誰に言われたわけでもないけど……でもその代わり後ろでミスなくしっかりサポートするくらいなら私にでも出来るかなって」

「ミスが無いのは良い事だが、それは正解ではないだろ」

俺がそう言うと不思議そうにこちらを見る金森。



「確かに学生時代の試験問題は、ミスなく正確に問題を解き答える。それが正解だ。でも人生の問題はそうじゃない。むしろミスが正解の時もある。ミスして正解を見極めて自分のレールを作る。そんなもんだろ。子供の頃はレールの上を走れば良かった。でも今はもう大人なんだ。もう自分のレールは自分で作らないと。」

「でも……」


今度は俺のセリフに金森が被せてくる。



「やっぱりミスはミス。良い事じゃない。失敗したら迷惑をかける時だってある。」

そう言って眉間にシワを寄せる金森は先程よりも激しく皿の上のカシューナッツをつつく。



「そしたら!」と俺は言った瞬間、金森がつついてたカシューナッツを取り上げ、俺の口の中へと放り込む。

あ!と金森が声を上げた時はもう遅い。ナッツは俺の口の中で砕け散った。



「ミスした時は、こうやって酒のつまみにしようぜ!」

「ねぇ!私の!!」

そう言った金森は咄嗟に俺の手首を掴む。

俺を掴む手にじんわり汗が滲んでいる。



「次飲む時はナッツじゃなくて金森の話を酒のアテにでもさせてくれよな、いくらでも聞くからさ。」

そう言って俺はニッと笑う。



「私の気が済むまで付き合ってもらうから」

そう言うと俺の笑みにつられて金森の左側の口角が上がる。

やっと金森が笑った。



・・・


「それ、あなたの仕事でしょ。自分でやったら?」

翌日、金森の席に集まってきた奴らは、ことごとく断られていた。イラついた顔をする奴、金森に任せるつもりだったので納期が間に合わず発狂する奴まで出てきていたが良い気味だ。



「なんか……金森さん、更に強くなりました?」

南がボソッと俺に耳打ちする。



「確かにな。ただ……」

昨日より強そうに見える反面、いつも持ってきている弁当バッグが可愛いウサギ柄になっていた。



「これは飯野課長と気が合いそうだな……」

「なに?」

金森がこちらの顔を覗き込む。

い、いや!そう言い姿勢を正す。どうやらはっきりとは聞こえていないようだ。



「今日は残業なく帰れそうか?」

誤魔化しつつそう尋ねる。

「そうね、そのつもり。自分のやりたい事色々やってみようかなって思って。」



そう言って笑う金森の笑顔には、どことなく、見慣れた金森が見えたような気がした。

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