第19話 友達
「さて、メシでも食いに行くか。」
時計のアラームが20時を知らせる頃、やっと片付けが終わった。電気を消し退勤する。
今夜は誘った金森も予定があったようなので一人で近くの話題になっていたラーメン屋に入り夕食をとる。
豚骨がガツンと効いたラーメンだった。
「うまっ」
最初の一口を嚥下し終えると小さく言葉がこぼれる。
ラーメンは早く出てくるのに美味い。これを開発した人は偉大だ。
ラーメンとビールを摂取し、さっさと夕食を済ませると店の外へ出る。ぼんやり空を仰ぎながら家の方向へと足を進める。
空には月がみえた。自分達の世界がこうも変わったというのに、昔のまま輝きを劣らせる事はない。何百年と輝き愛され、今もなお、人々に愛されている。
月は太陽の光を反射して光っているらしい。
つまり太陽の力で輝いてみえるのだ。
もし昔の人が、月は太陽が無ければ輝けないと知ったら、月はこんなにも愛されていなかったかもしれない。
他人の力で輝くなんて姑息なやつだと、むしろ悪者になっていたかもしれない。
でも、きっと太陽も月も互いに良い関係にあるから、今の明るい世界があるのだろう。
たとえ他人の力を借りていても、互いに良い関係で自分が1番輝ける。それなら、それは良い事なのではないか。むしろ、人は皆、そうやって生きているのではないだろうか。
そんな事をぼんやりと考えていると、遠くから若者達が楽しそうに歩いてくるのが見えた。
男3人、女2人がわいわい陽気に話しながら歩いてくる。その後ろに女が1人スマホをイジりながらついて歩いている。
よく見るとそれは…金森だった。
明らかに1人だけ輪に入れていないのが遠くからでも分かった。そっと近づいても良いが、気まずくなりそうだ。
スマホを持っているなら…。そう思って電話をかける。金森は着信に驚いているが電話に出てくれた。
「もしもし?」
「あのさ、今からちょっと話さない?左の方見て。」
そう言って手を振る。狐につままれたような顔をしていたが、理解したようで、前の集団に断りを入れ、こちらに歩いてきた。
「いつからそこにいたの?」
「さっき、飯食い終わって歩いてたら偶然見かけた。」
そう、と言って俺から視線を逸らす。自分が上手く馴染めてなかったところを見られ、気恥ずかしいのかもしれない。
「少し飲みたいんだよね。付き合ってくれる?ちょっとだけ。」
そう金森を誘うとバーへ移動する。
「バーとか普段行くの?」
「いや、行かない」
俺の問いに素っ気なく返答する。
「…」
「…」
せっかく誘ったものの会話が続かない。
「…さっきのは友達?金森が友達と遊んだりしてるの初めてみたから新鮮だったというか…!」
上手く言葉にならない。これでは気をつかっているのが伝わってしまう。
本当は分かっている。金森はあんな感じのワイワイしたノリが苦手なこと。上手く馴染める訳がないこと。
それでも、ここで話して消化しておかないと金森が後で一人でモヤモヤしてしまうような気がする。だからこそ話を引き出したかった。
「よく…あんな感じの集まりに行くの?」
金森は俺の問いに対し首を横に振り、深く溜息をつく。
「時々ね、誘われるのよ。今回のは高校の時の知り合いに誘われたの。」
数合わせだろうけど、と言って少し笑いながらこちらを見る。『友達』ではなく『知り合い』と表現するところからして、本当に数合わせなのだろうと予想がつく。
金森はワインベースのカクテルを口へと注ぐ。グラスに映る金森はどこか遠くを見ているようだった。
「私ね、家が貧しかったから友達と遊ぶ事とかあまりなくて。だから学生の頃とか、そんなに仲が良い友達も居なかったんだよね。それより妹達の面倒も見なきゃいけなくて。
本当は友達とワイワイ遊んだり楽しんだりしたいなって思う。でも今までそんな経験をしてこなかったから、やっぱり輪に入れなくて。…だから友達も出来ないんだよね。」
ハハッと笑っているが、顔はどこか悲しそうだ。無理して笑っている事くらい一目瞭然だ。
「今回はね、合コンに誘われたんだけど、やっぱり世話好きというか、何でも動いちゃって。結局輪に入れないから注文したりテーブルの上片付けたりしちゃったんだよね。
そしたら、『彼女とか友達っていうよりお母さんだよね』って言われちゃって。もう、友達とか恋人って何なんだろうね。」
気まずい気持ちがあり手持ち無沙汰なのだろう。ワイングラスをくるくると回している。グラスの中のカクテルはゆっくりと回りだす。その滑らかな渦に自身を乗せるかのように、金森の思考もまた渦巻いてゆく。
「世話好きだと友達にも恋人にもなれないのかな。誰かの為に動くって悪い事なのかな。仲が良いってなんだろう。私はただ仲良く話せる人が欲しいだけなのに、なんで上手くいかないんだろう。」
ワイングラスを回す手を止める。グラスの中に出来た渦は段々とおさまっていった。ワインの水面はまだゆらゆらと揺れ、じきに金森の口へと流しこまれていった。
その一連の流れを眺め終え、俺は口を開く。
「まずさ、今まで会った人たちが金森に合わなかっただけだと思う。」
金森は視線をゆっくりと俺に向ける。俺は話を続ける。
「さっきの人達を見て思ってたんだ。金森に合う雰囲気の人達ではないよ。友達って、無理して合わせて作るもんじゃない。無理しなくても、ちゃんと金森の良さを分かってくれて、楽しく過ごす事が出来る人は絶対いる。だから、そんな事気にしなくていい。」
既にワインの水面の揺れは止まり、綺麗に金森の顔が映る。
「それに俺は金森と仲良くやってると思ってるから。」
金森の目を見てそう告げる。
金森は一瞬驚いた顔をしたが、いつものように口角を少しあげ笑う。
そっか、と言いながらワインをまたクルクルと回しだす。いつもの笑顔に戻り、俺もまた安心した事に気がつく。
穏やかな夜がやってきた。
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