第18話 年上と責任感
『年上なら年下の模範であるべき。』
『年下なのに凄い。』
『年下は年上を敬うべき。』
同じフィールドで同じように生活をしているのに年齢だけで、言動や考え方に容赦なく制限を設けられる。
『敬うべき』と称するのならば『敬われるような人になるべき』だろう。
同じフィールドで生きると決めたのならば、年齢でハンデをつけるべきではない。その人自身を評価するべきだ。
年齢で役割や立ち居振る舞いを規制するのは上にいる者が、自身の立ち位置を下に脅かされたくない、安堵への欲求と言えようではないか。
愚直な論争は、いたるところで、いつの時代でも行われてきたにも関わらず。
愚考は未だ根絶やしにならず。
愚行は悲しきかな、繰り返されているのだ。
・・・
「桔梗はお姉ちゃんでしょ。我慢しなさい。」
この言葉を人生で何回聞いただろうか。1番最初に産まれたというだけで、こんなにも理不尽を強いられるのだ。
幼少期は妹や弟の世話に追われていた。妹弟は新しいゲームや漫画を買ってもらっていたが、自分には無かった。家計が苦しかったのもあるかもしれない。自分が手に入れた物は妹弟に取られた。
これは成長してからも同じだ。
「お金がないから、あんたは公立よ。無理なら中卒で働きなさい。」
そう言われ、妹弟の世話をしながら必死に勉強した。それなのに下は皆、私立の学校に通った。
私が近所の駄菓子屋で内緒でコツコツ貯めたアルバイト代は、学校から帰ってくると無くなっていた。全て妹弟の学費に使われていた。
そんな苦労をしながら学校に通わせた妹弟は高校を卒業するとすぐに家を出て家庭をもった。両親が寂しいというから私は実家から通える大学、仕事についた。
しかし、両親からの言葉は、『いつまでも家にいるなんて情けない』だった。なるほど。両親にとって必要なのは私ではなかったのだ。20年以上経過してやっと分かり、家を出た。
ある日、起きると身体が変わっていた。いつもの自分より大人びていた。どうやらこれは自分の精神年齢が外見に反映されているらしい。そんな事実を知らされても、私は驚くことは無かった。同年代より上だと言うことは、とっくに自覚していた。
これは決して良い事ではない。しっかり段階を踏んで大人びていったわけではない。今まで他人に甘えてこなかったからだろう。幼くなる方法が分からないのだ。
しっかりしてるからね、なんて言葉は褒め言葉じゃない事は分かっている。いつでも頼るからお願いねという期待の押し付け。自分が上手くいかなかった時に裏切られたと言われるところまでがお決まりの流れだ。
そんな私でも。いつか頼る側になってみたい。
素直に、出来ない事は出来ないって言ってみたい。今まで無かった青春や楽しい時間を。自分の時間を。取り戻したい───
・・・
「金森、お疲れ。」
俺は隣の席で残業している金森に缶コーヒーを渡す。どうやら自分の仕事に加え、他でのミスのカバーをしているらしい。チラッとこちらを見てお礼を言うとすぐにパコソンの画面に視線を戻す。
残業してまで他人の事をカバーする事に最初は仕事が好きなんだと思っていた。勿論、それを利用して金森に仕事を任せるような奴もいた。でも、最近気がついた。責任感が強過ぎて断れないのだ。
しかし、一昨日も昨日も残業しているのを知っていた。
きっとここで「何か手伝おうか」なんて言ってしまうのは野暮だ。金森は責任感が強い。他の人がやって、もしミスでもしたら、自分がやっておけば…と後悔するタイプだ。余計な負担になる。この場での最適解はこれだろう。
「それ終わったらさ。明日休みだし飲みにでも行こうぜ。」
金森はチラッとこちらを見ると
「ごめん、今日用事があるの。ちょっと遅れちゃうけど…。」
そう言って金森は時計に視線をやる。
しまった。今日は用事があったようだ。これは最適解ではなかったようだ。
「じゃあ、簡単な事だけでも手伝うよ。」
そう言って金森が作った資料を印刷して束にしてまとめる。作業をしながら金森の邪魔にならない程度に様子を伺う。
今日のパンプスはヒールが低い。元気な時は少し高めのヒールを履いている。
普段は水筒持参で白湯を入れて来て飲んでいるが、今日は水筒は持っていない。朝からコーヒーを飲んでいる。
いつもは手作りの弁当と水筒を持参するから弁当バッグを持ってきているが、今日は持っていない。今日はコンビニで買っていた。
察するに、平気そうな顔をしているが金森は疲れているのだ。それでも行かねばならない用事があるようだ。無理しなければ良いが……。
「取り敢えず終わった。」
程無くして、ちょうど店を探し終わった頃に隣から声がかかる。
「お、じゃあ早く帰りなよ。片付けは俺がやっとくから。」
そう言って、急いでいる金森に提案する。少し困ったような顔をしたが予定に遅れる方が、責任感ある金森にとっては嫌だったのだろう。
「ごめん、お願い。ありがとう。」
そう言って金森は足早に職場を去っていった。
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