第17話 企画成果



・・・


課長夫婦が帰った後、俺たち3人はお店でご馳走になった。


「いやぁ、課長家族、仲直りしてくれると良いッスね。」


南が美味しそうにハンバーグを頬張りながら言う。南の食べっぷりが嬉しいのだろう。店主夫婦はニコニコしてこちらを見ている。




「上手くいくんじゃない?奥さん、店に来る前と帰る時じゃ顔全然違ったわよ。」


ミートソースが飛ばないように丁寧にクルクルとパスタをフォークに絡めながら金森が応える。



確かに奥さんとの仲は改善したように見えた。あとは娘さんとの仲も修復出来ると良いのだが…。と考えていると、



「最初は上手くいかないかもしれないが、娘さんとの仲も、ちゃんと改善していくさ。1番大事な事に気がつけたからね。彼はやる時はやる男なのさ。」



いつの間にか店主が隣に来て笑っている。




「娘さんは反抗期かもしれないが、あの飯野くん夫妻にちゃんと育てられた子なんだ。しっかり話せば分かってくれる素直な子のはずだよ。」





普段は職場での課長しか知らなかった。こんなにも優しい店主の記憶に長年残るような人なのだ。根は優しく素直なのだろう。毎日のように顔をあわせていたのに表面上しか課長の事を分かっていなかった自分に気がつく。




「明日からの課長の変化が楽しみです。」



課長の変化だけじゃない。新たな課長の一面をまた知る事が出来るかもしれない。3年も一緒にいたのに気がつけなかった事を発見できる。それもまた楽しみだ。




店主夫妻に今回の件の協力に感謝を述べ、店を後にした。



小さな町の小さな家庭料理店。

ここには小さいけれど、温かい思い出が詰まっていた。



・・・


「おはよう」


翌日。朝出勤すると、課長が挨拶をしてきた。いつもなら気難しそうにパソコンを眺め、他の社員の出勤など興味が無さそうなのに、今回は課長から挨拶をしてきた。




「お、おはようございます。」


課長から声をかけられた事に驚き、声が裏変える。今日は笑顔で出勤している事からして、きっと奥さんとも、娘さんとも話し合いは出来たのだろう。




「課長、なんか機嫌イイっすね」


南が嬉しそうに声をかけてきた。俺だけじゃなく皆が気づく程には変化があるようだ。

課長に程無くして呼ばれる。





「昨日はありがとな。」


そう言って渡される手作りクッキー。可愛らしいウサギ型のクッキーだ。予想外の事に驚く。男性上司に手作りクッキーを貰ったのは人生で初めてだった。





「昨日な、店に夜ご飯招待してくれたろ。久しぶりにゆっくり妻とも話が出来てな。色々気付かされたというか、反省できたというか。要するに良い方向に向かったんだ。ありがとう。」




課長からは和やかな表情がうかがえる。

課長の家族の悩みが解消されつつあると考えて良いだろう。




「実はな、妻と私の共通の趣味は料理なんだよ。最近めっきりやらなくなって、数十年ぶりだったんだけどな。昨日久しぶりに2人で台所に立ったよ。娘なんて宇宙人に遭遇したみたいな顔でこっち見てきて、凄い顔になってたけどな。」




課長は楽しそうに笑う。




「クッキー作りながらな、色々な話が出来たよ。それでな、家族でこんな時間を作るきっかけを作ってくれた五條くん達にも。って妻と作ったんだ。よかったら受け取ってくれ。」




「はい、ありがとうございます。」


1日で課長の心境にこんなに変化が出たのだ。今回の食事企画は成功と言って良いだろう。




ふと、課長の机の上にもこもこのウサギのぬいぐるみが置いてある事に気がつく。そういえばクッキーもウサギの形をしている。




「奥さん、ウサギが好きなんですか?」

湧いた疑問を課長に投げかける。



「いや、その…」

額の汗を拭いながら恥ずかしそうに課長が口を開く。



「実はね、僕がウサギが好きなんだ。おじさんがウサギが好きだなんて少し恥ずかしくて言いづらかったんだけど。でもちゃんと他人だけじゃなくて自分の気持ちにも素直に向き合おうと思ったんだよ。」



照れながらそう話してくれる。

少し薄汚れているそのぬいぐるみは机の上に座るように丁寧に置かれている事から察するに大切にされているのだろう。




「いいことですね。昨日より課長、明るく見えます。」

「課長、別人ッスよ!」

金森も南も口々に褒める。




「それでさ、娘達からの信頼を得るには、まだ時間がかかると思うんだが、しっかり向き合えるようになったら、今度はぬいぐるみじゃなくて本物のウサギを飼いたくてね。」




いつもの難しい顔は無く、課長は楽しそうに話しはじめる。こんな前向きな課長が見られるようになったのも、例の店主達のおかげだろう。



・・・


「よし!今回の社内報の特集ページ!出来た!!」

俺達は満足気に作成した記事を眺める。




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─年齢よりも精神年齢が高い社員に聞いた!─

─休日の過ごし方オススメ特集─


◎思い出の場所に行くべし

懐かしのあの頃、あの場所にお出掛けしてみましょう!きっと何か大切な事に気がつけるはず☆



◎趣味を楽しむべし

最近は時間に追われて趣味なんて…。休日は寝て過ごします。なんて方いらっしゃいませんか?たまには趣味に夢中になってみると日々の生活に楽しさが出てくるかも!



◎自分にも他人にも正直に向き合ってみよう

本当にこれでいいのかな。自分に嘘をついてないかな。たまにはゆっくり、客観的に自分のこと、周りの人との関わり方を見直してみてはいかがでしょうか。明日からの日常生活が少し変わるかもしれません!



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