第15話 懐かしの場所



その日の帰り、俺と南と金森の三人で課長に教えてもらった定食屋に行くことにした。


「ここだよな?」


そこはとても小さな路地裏にある定食屋だった。看板の文字も消えかかっている。




「場所は間違ってなさそう。」

金森は住所をもとにスマホで検索しながら道案内してくれる。




ドアノブが錆び、網戸にも少し穴が空いている。

灯りはついているので、そーっとドアを開き中へ入ってみる。


ギィィ……


扉が軋む。

中には腰の曲がったおばあちゃんとおじいちゃんがいた。

扉が開くのに気がつき、こちらと目が合う。



「おや、珍しい。若いお客さんだ。」


「最近は急に若返る人もいるらしいけど、ウチのお客さんはほとんどが年寄りのままだよ。ハッハッハ」



そう言って老夫婦は笑っている。

気さくで優しそうな感じが伝わってくる。


店内へと案内される。店内は昔から手を加えてないであろう、小さな家庭料理屋という雰囲気。

ところどころにある装飾品が歴史を感じさせる。




「ここのお店のシチューが美味しいって聞いたんです。食べさせてもらえませんか。」

席につくと、メニューを見る前にそう注文した。




「シチューか…。」

老夫婦は驚いたように顔を見合わせる。



「シチューは手間が多いわりに注文が少なくてね、随分前にやめてしまったんだ。」

「え…。」



なんと、もうやっていないらしい。

唖然としていると



「シチューをやってたのは随分前なんだが…君達は誰から聞いたんだい?」

そう店主のおじいさんが訪ねてくる。




飯野課長から聞いたこと。

奥さんと昔来ていたらしいということ。

課長の奥さんはここのシチューが好物だったということを話した。



「あぁ、飯野くんね。覚えているよ。昔、彼女さんとよく来ていたよ!」

店主は嬉しそうに話す。



「そうかそうか、彼はもう課長になったか。時の流れは速いもんだねぇ。今日は飯野くんは一緒じゃないのかい?」

店主は喜びで目を細め、目の際にシワを作る。




「実は課長は最近、ご家族と上手くいってないのか、元気が無くて。元気づけられるキッカケがあれば良いなと思ってここに伺ったのです。」

そう説明すると、




「それは大変だ。家族というものは、どんな時でも力を合わせていかねばならん。そういうものだよ。そうだよなぁ、ばぁさん。」

そう言って店主はお婆さんの方を見る。



「もちろんよ。どんな時でも手を取り合って協力するの。すれ違う事だってある。それでも壁を乗り越えてこそ家族というものよ。私達だってそうやってここまで来たのよ。


今度、飯野くんと奥さんをウチの店に連れてきてくれる?その時は特別にシチューを作って待ってるわ。」

目の際にクシャッとシワを作ってお婆さんは微笑んでくれた。




「…はい!必ず連れてきます!」

そうしてる間に、老夫婦はいくつか料理を持ってきてくれる。




「飯野くんの事を知りたくて来たんだろう?これはどれも飯野くんがよく注文してくれた料理だよ。この肉じゃがなんて、飯野くんが学生時代にお金が無い時はいつも食べに来てたもので……」




そう懐かしそうに昔話しながら次々と料理を運んでくれる。ちょうど年代的に、老夫婦は飯野課長を子供のように可愛がっていたんだろう。

この嬉しそうな表情からそんな事が伺える。




「こんな風に温かいメシが食える場所があるって幸せッスね」

南がチャーハンを頬張りながら呟く。

仕事の間の課長しか知らなかったが、どんな人も、その人を大事に思い、支えてくれる人が居るのだ。



課長もそんな1人の人間なのだ。例え、精神年齢の老いが速く進もうと、人の温かさに包まれて、人生を送ってきたのだ。そんな事に気づかされながら、俺は肉汁あふれるハンバーグを口へ運んだ。




・・・



「課長、今度の週末の夜、お時間をいただけますか。」


翌日、早速、飯野課長へ声をかけにいく。



「お、おう。いつになく勢いがあるな。話なら今でも聞くがどうしたんだ?」

驚いた顔でこちらを見る。




「実は課長だけでなく、課長の奥様にも協力いただきたい事がありまして。」



「奥様?うちの家内のことか?」

課長は、ますます目を見開きこちらを見る。




「実は予約してある店があるんです。今度の週末、奥様とそちらのお店にお願いします。」

そう言ってお手製の招待状を渡す。




「し、しかし…」

課長は困った顔をしている。理由は分かっている。妻を誘えるか不安なのだ。




「課長なら大丈夫です。」

俺は目を見てしっかりそう伝えた。

課長は最初は困った顔をして俺の目を見る。互いの目を見つめながら数秒、静かな沈黙が続いたが、じきに飯野課長が目をつむった。覚悟を決めたのだろう。唾を飲み込み、ゴクリと喉をならすと、深く頷いた。



・・・


予約当日。

俺達三人はこっそりとお店の裏で、課長夫婦が来るのを待っていた。



「来ますかねぇ、課長。」

南が心配そうな顔をしてこちらを見ている。

今日の課長は仕事も手につかない様子でソワソワしていた。きっとこの夫婦での食事会を気にしての事だろう。




「きっと来るよ。」

内心、自分も不安な気持ちがあったが、そう言って自分自身を落ち着かせる。



「来た。」

金森がシッと俺達を牽制した直後、課長夫婦は現れた。ソワソワ、キョロキョロしている課長とゆっくりと歩く課長婦人。

俺達はサッと隠れる。




「ここだ。」

そう言って課長は店に案内する。

課長婦人は一瞬目を見開いたが、無言で課長の後に続いていった。

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