第7話 精神年齢差別

- 7話 -


日常が変わってから3日目。

昨日より少しずつ人の姿が増えてきたが、まだまだ少ない。3日もするとこの光景に慣れてくるのだから、慣れとは怖いものだ。




自分の席に到着したところで南の姿が目に入る。

昨日より髪が短くなっている事に気がつく。



「おはよう、髪切ったんだな。」

「はい!気分入れ替えて精進しようと思いまして!」

少し長めだった髪がだいぶ短くなり、爽やかな好青年になっている。




「あら、南くん。だいぶイメージ変えたのね。かっこよくなってるよ。」

南の変化に気がついた金森も褒める。




「俺、ちゃんと自分と向き合って、自分の生き方見直そうって思ったんスよ。ちゃんと先輩達に追いつきますから、それまでは見守っててください!」

昨日よりずっと意思がしっかりしてる。

表情も前向きだ。これはぼーっとしていると自分も追い抜かされそうだ。自分の中には焦りだけでなく間違いなく嬉しさも溢れていた。




・・・


そんな後輩の変化に嬉しく会話をしていると聞き慣れた声がする。



「あ、さだくん!聞いてー!」

そう言って小さい女の子が俺の元に走ってくる。

会社のだと言うのにふわっふわのワンピースを着ている。まるで小さいお姫様のような服装だ。




「え、おま…その格好はどうした…」

思わず聞いてしまった。



「え、せっかく可愛くなれたんだから、可愛い格好しなきゃ損でしょ?いつ姿が戻っちゃうか分からないんだし。」

そう言ってクルクルとまわってみせる。それは会社でする格好ではないだろ、と言いたかったがグッと堪える。




「この可愛さで相手を落として仕事を有利にさせるのよ?」

そう自身満々な顔をして胸を張る。

そんなに上手くいくのだろうか…。



春は確かに業務成績が良いらしい。

春によると、部署の先輩にも後輩にも慕われているし取引先との関係もいいからね♪と言っていたので、きっとこの春の感覚と合う人達に恵まれているのだろう。




南は成長して前進しようとしている中、春は幼いのを武器にして活躍しようとしているのだろう。これもいわゆる個性を伸ばすということなのだろうか。




ここでふと、疑問が湧く。そんな幼いというだけで周りがついてくるのか?いくら幼いのが可愛いと言ったって、可愛いだけで周りの大人がついてきて、仕事がまわり、部署が成り立つとは到底思えない。




「春、お前さ、昨日は社外の人と打ち合わせがあったって言ってたよな?それも結構大きい会社だって張り切ってたよな。昨日もその格好で行ったのか?」

「え、うん。もちろん!気合十分で新しい可愛い服着ていったよ!」

春は当然だという顔をしている。




「それで、相手の人は何か言ってなかったか?」

「それが聞いてよ!全然話し合いにもならなくて!」

春が憤慨しながら続ける。




「この暑い炎天下の中、気合いれてあっちの会社に出向いたのに、私の姿を見るなり、


『弊社は外見が明らかに成人に至っていない方との、お打ち合わせは現在お断りしております。他の代表者様をお願い出来ますでしょうか。』


とか言うのよ!?こっちはこんなにバッチリ決めてきたっていうのに会えもしないなんて!失礼な会社よ!」

そう言って春は明らかに腹を立てている。




俺はこの体験を聞き、色々な事に『納得』した。




まず、取引先の会社の対応は『納得』だろう。取引、交渉であって、あくまでも仕事なのだ。場所と状況をわきまえるのは当然であり、入場を断られても仕方がない。




そして、飯野課長と会議に行った時の違和感が繋がった。あの常務が飯野課長に向けていた視線。


取引をする上で相手の内面というのは重要だ。会社としても同じ内容を取引するのに、精神年齢が大きく違ってはトラブルが起きる可能性も大きくなるだろうし、取引のしやすさも変わってくるだろう。




これは今後『外見差別』『精神年齢差別』というというものに繋がる可能性は十分にありそうだ。そして、取引や会議など、会社外の人と接点をもつ為の条件として、『外見』というのが加わってくるかもしれない。




しかし、『納得いかない』事があるのも事実だ。

例えば…



「さだくん、今日こそ一緒に帰ろう!この前行こうって言ってたお店行きたい!イライラした時は美味しい物食べるのが一番よね!」

目の前にいる春からそんな誘いを受ける。




出来る限り春の願いは叶えてやりたい。ただでさえ時間が取れない時もあるのだ。姿が変わった、ここ数日は確かに全然二人の時間を取れていない。しかし、




「いや…今日も無理だ。ごめんな。」

俺は、いとも簡単に春からの誘いを断る。



「えーご飯行きたかったのに…。」

そう落ち込む春の顔をまじまじと見る。

なぜか以前のような強い罪悪感を感じないのだ。



俺の中であんなに強かった春への気持ちが、心なしか薄れていってしまっているのだろうか。



たった数日で。



俺の中でも『精神年齢差別』というものが始まっているのだろうか。それとも他になにか原因があるのだろうか…。



「すまんな、また予定合わせよう。」

そう言って春を持ち場へと戻らせる。自分の中でのモヤモヤは残ったまま…。

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