第6話 違和感
- 6話 -
会議も無事終わり、我々は会議室を後にした。
「いやぁ、あちらの常務も専務も僕の姿にビックリしていたねぇ!」
飯野課長は上機嫌だ。
「そうですね。取り敢えず今回の会議もスムーズに終わり一段落です。」
会議が始まる前の常務の目に一瞬違和感を覚え、普段より緊張しながら進めたものの、特に滞りなく会議が終了した。自分の気のせいかもしれないと思いつつ安堵の溜息が漏れる。
「次の会議も僕も同席するよ!」
「え、次もですか?いつもは会議には、あまり参加なさらないのに。」
普段なら会議は眠くなるからと断る飯野課長が珍しい。
「いいのいいの!そういう時もあるの!」
課長はそう言って笑っている。
そういえば会議の前だけでなく、会議の後も話題は飯野課長の事だった。
飯野課長の普段の仕事に対する考え方、どんな仕事をする時にやり甲斐を感じるか、普段の家族との関係、休日の過ごし方など。面接かと思うくらい、先方の2人は根掘り葉掘り質問してきた。
課長は周りが自分に興味を持ってくれた事が嬉しかったのだろう。いつまでこの意欲的な仕事ぶりが続くのだろうと考えながらも自分の席へと戻った。
・・・
「おかえり。会議はどうだった?」
会議から戻ると金森がお茶を入れて俺の机に置く。
「それが…。」
俺は会議の間に起きた出来事を話した。
あちらは二人とも随分若返っていたこと。
課長は話題に挙げられ今はとても上機嫌なこと。
会議はスムーズだったこと。
「あとは…。」
俺はあの時感じた常務の違和感を話すか悩んだ。単純に自分の勘違いかもしれない。ただ、ここで話しておかなければならない気がした。
「俺の勘違いかもしれないんだけど、常務の雰囲気がいつもと違った気がして。」
「雰囲気?」
金森が続きを促す。
「なんというか…。いつも通り優しい方なんだけど、目が笑っていなかったような気がしたんだよ。」
「ふーん…」
金森は考えるような素振りをして上を見上げる。
しかし、あんないつも優しい方を変に思う自分が変なのかもしれないと思い、
「多分、俺の勘違「間違ってないだろうね」
金森が俺の言葉に被せて否定する。
「いつもなんとなく、課長は消極的に見えるし話が合わないような気がしてたから、あちらは会話を盛り上げなかったんでしょ?きっと。」
金森の言葉に俺は黙って頷く。
「お互いに同年代の人で、なんとなく仕事に対する気持ちが合わないのかも、とは思っていた。でも今回外見にその人の内面が現れている。だからお互いの価値観や意欲が決定的に違うって事が目に見えてハッキリ分かったってことよ。
精神年齢ってその人の意欲だとかエネルギーだとかそういうのも現れてる気がするのよ。若い方がエネルギーがありそうって思うでしょ?」
なるほど、そういうことか。
内面が外見に出るというのは、こちらの性質まで分かってしまうということなのか。
「あちらがどう出るか分からないけど、しっかりしておかないと今後に左右されるかもしれないわね。」
そう金森が呟く。
俺は頷く。この時俺はこの意味をしっかり理解していなかった事に後で気がつくことになる。
・・・
仕事も終わり、一人で帰宅の途についていると
「南…?」
本屋で南の姿を発見した。なにやら一生懸命本を探しているようだ。
「よぉ、本屋で見かけるとは思わなかったよ。」
そう南に声をかける。
余程集中していたのだろう。
俺に気がついた南はハッとして照れくさそうな顔をする。なんの本を見ているのかとチラッと目をやると心理学の本だった。
「俺、悔しくて…」
そう南の口から言葉が洩れる。俺は南の言葉にハッとした。今朝言い過ぎてしまい、南を責めてしまったかと反省した。
「すまん!今朝は言い過ぎ「違うんです!」
…?何が違うのだろう。こうやって仕事終わりに一人で本を漁る程に彼を追い詰めてしまったに違いない。
「俺、たしかに自分の事ちゃんと客観的に見られてなかったな。って反省したんスよ。」
南は溜息をつきながら続ける。
「高校出て、大学出て、会社入って。きっとこれから結婚して家族が出来て。それが普通だと思ってました。皆と同じような人生を歩めばいい。高校卒業したり、社会人になったり、子供をもったり。そうすれば、何もしなくても自然に一人前になれるって思ってました。でも…。」
南は悲しそうに笑う。
「本当は違うのかもしれないっスね。まだ何が一人前なのか、自分の中で答えは出てないんスけど。自分の事なのに、ちゃんと自分を考えて来なかった自分が悔しいッス。」
「……。」
俺は後輩に言ってやれる言葉が見つからなかった。今、自分の外見は南より年上になっている。しかし、自分もそこまで考えて生きてきただろうか。自分に問いかけた時、答えは出なかった。
全く考えて来なかったわけじゃない。なんとなくは考えて生きてきた。しかし、ここまで意思をもって生きてきたわけじゃない。
コイツは俺より先に進もうとしてるんだな。自分が何処となく優位にたっているような気になっていた自分が恥ずかしくなってきた。
「南、もし読んで良かった本があったら俺にも貸してくれ。」
「え…?」
南は驚いてこちらを見る。
「俺もな、まだまだ成長しなきゃならないんだ。頼りになる後輩に抜かされないようにな。」
そう言って笑ってみせる。
「ははっ!負けないッスよ!」
そう言って南も笑う。頼もしい。一緒に切磋琢磨出来る。良い仲間に恵まれた。そんな事を感じられた1日だった。
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