第5話 普通って悪いこと?
こうも周りの皆が変わっているのを見ると、全く変わっていない自分に逆に不安になる。
「俺ってさ…」
「年齢相応ってことなんじゃない?」
俺の考えていた事を見透かすように金森が返答する。うっ…薄々感づいていたものの、ストレートにそう言われると心に刺さるものがある。
確かに半数近くの人は俺のように外見が変わっていない。しかし逆を言えば半数は変わっているのだ。
「俺、そんなに普通だったのか…」
逆に少し寂しさを感じる。仕事も頑張ってきたし、自分で言うのも変な話だが、同期の中でも出世コースに進もうとしている人材なのだ。もう少し変化があっても良さそうな気はする。
「普通って良い事なんじゃない?」
金森はパソコンをカタカタと鳴らしつつ続ける。
「そういう素直に悔しがったり、寂しがったりする感情って若い時の方が強いと思うの。年を取ると薄れていってしまう気がする。
でもそれって悪いことじゃない。その感情があるから頑張れるし、成長出来るんだと思う。
私と五條くんの違いってそういうところだと思う。私はあまりそういう感情がないの。率直に羨ましいよ。」
そうか、普通って悪いことじゃない。それも自分の個性だ。自分の個性をどのように活かして、どのように伸ばすのか。考え方次第なのかもしれない。自分もまた成長段階であることに気づかされる。
「そうだよな、ありがとう。」
パソコンの画面を見つつ、そう微笑んだ。
・・・
そう、今日は取引先との会議の日だ。
飯野課長も一緒に。
先方には、課長の言いつけ通り姿が変わった事を伝えていない。
課長と二人で会議室に向かう。
「会議の進行は自分が進めて宜しいでしょうか。何か先方にお伝えしたい事があるのなら、課長でも「いいのいいの!君がやったらいいの!」
被せ気味に飯野課長の返答が返ってくる。
姿は違えど、返答内容はいつも通りだ。
普段は一人で会議に参加しているのだが、今回は課長がご機嫌な様子でついてくる。特に資料など持っている雰囲気でもない。
課長の心の内は分かっている。「変更無し」を推し進めたい課長は、会議に出ても、いつもあまり相手にしてもらえない。
しかし、今回は姿が変わったので注目してもらえるのではないか、と内心ワクワクしているのだろう。
なんだかんだ言って、本当は構ってもらいたい寂しがりなのだ。そんなところもお爺さんらしい。精神年齢がご高齢というのも頷ける。
会議室の前に到着し、ノックをして扉を開ける。
相手方はもう既に到着していた。
「失礼します。本日は御足労いただき、ありがとうございます。」
そう挨拶をしながら部屋に入る。
「いやいや、お久しぶりです。」
そう言いつつ課長も続く。
本日の会議に出席下さるのは、漢野(かんの)専務と秦丘(はたおか)常務。とても勢力的に仕事をなさっていて、こちらの提案もよく聞いて下さり、大変お世話になっている。
「お二方とも少しお若くなられたのでは?」
そう呟いた。自分より少し年上に見えるが、10年くらいは若返ったのではないだろうか。いつも感じるエネルギーがそのまま放たれているような雰囲気を醸し出していた。
「はっはっは!そうなんだよ、昨日の朝起きたらこんなになっていてね!出社してお互いに昔に戻ったねぇ、なんて言ってさ!」
そう嬉しそうに常務が話す。
「こんなになったから、昔のようにバリバリ動けるんじゃないかと思って思わず昔を思い出してバッティングセンターとか行っちゃったの。そしたら全然で!腕痛めて帰ってきたよ!やっぱり見た目が変わっても身体はおじさんのままだったよ!」
そう楽しそうに専務も話す。
この二人と話していると職場の楽しそうな雰囲気が良いのが伝わってくる。
「五條さんは全然変わらないんだねぇ。身体も心も若いなんて良いねぇ!」
そう真っ向から褒めてもらい、さっき自分が平凡な気がしてウジウジしてた気持ちがスッと軽くなる。
「ありがとうございます。お二方のおかげで仕事も全力で取り組めています。」
そう、お礼を言いつつ微笑む。
すると隣で話を振って欲しそうにしている飯野課長に気がつく。
「今日は弊社の飯野も同席させていただきます。どうぞ宜しくお願いいたします。」
そう言って姿の変わった課長を紹介する。
「えらく変わっちゃいましたね、飯野課長。」
と二人が驚いた顔をする。
それに気を良くした課長は
「いやね、こんな姿になると娘も妻も逆に心配したみたいに毎朝声をかけてくれるようになって。電車でもフラフラしてると本物のご老人と間違われて席を譲ってもらえるし。でも身体は外見とは違ってピンピンに動けるから儲けモンですよ。はっはっ!」
そう言って楽しそうに笑う。
元々実年齢は課長も専務、常務も同年代だ。
それが精神年齢は40年位違うのではないだろうか。
「なるほど、確かに飯野課長に相応しい。そして御本人の満足度が高い。今回の件は有意義であったと言うべきですね。」
そう微笑みながら常務は締めくくり、
「五條さん。いつも思っている事だが弊社との取引担当があなたで良かった。引き続き宜しくお願いします。」
と続けた。
「お褒めいただきありがとうございます。では
早速本題に入らせていただきます。」
と会議の進行を進めた。その時気づいてしまった。微笑む常務の目は笑っていないことに。
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