第54話 期待して待ちましょう

部屋に入り、最初に話されたのは別れ話だった。

私としては予想はしていたけど、改めて聞かされるとショックが大きい。

真成の心が私に無いことは理解していたし、それが怪我からの記憶を失った事だったとしてもわかってはいたけれど。


私は返事をする前に、相談があると話し始めた。


「あのね、私ね、優樹君にプロポーズされたの。それでね、真成に相談したくて来たんだけど別れ話になるならお願いしたい事があるんだけど、聞いてくれるかな?」


サイドテーブルに置いたバッグから、『奥の手』を取り出して真成に見せた。


そう、『奥の手』、使わせてもらった。

幼い頃に貰った『なんでもいうことをきく券』。

真成は、覚えてなかった。


「………………………確かに僕の字だね。」


「そうよ、今日使わせてもらうわね!」


「………………………わかった、何をすればいい?」


「さっきも言った通り、私、優樹君にプロポーズされたのよね。」


「うん、あいつはいい奴だから…………」


「そう、いい人なのよね。でも、それだけなのよね。」


「何がいけないのかな?」


「いけないと言うよりは、断わる理由が無いのよね。」


そう、敢えて断わる理由が見つからなかった。

私と真成君とは、実質破局してたと言っていいだろうから。


「で、受けるのかな?」


「そう、でも受けるための条件を出してきたの。」


「条件?」


「そう、『条件』。その『条件』を満たすために真成に会いに来たの。」


「何をすれば、その条件が満たされるのかな?」


「あのね、私ね、『想い出』が欲しいの。」


「想い出?」


「そう、真成との、忘れられない、『想い出』。」


「………………………………まさか、それで泊まりで来たのかな?」


あら、ニブチンな真成にしては察しが良いわね?

何しろ義兄は、何年も一緒に二人で暮らしていても一度も手を出して来なかったほど鈍かったのに。


「そうよ、そのつもりで来たの。念の為に言っとくけど、優樹君とも相談して来てるんだからね!」


「………………………………わかった。先にシャワー浴びてくる。」


あら、ここまで話したのに、私をほっといて行ってしまうなんて。

まあ、わかってくれたのなら、期待して待ちましょう。

ここから大ボケしてくれるなんて事は無いと信じて。


『奥の手、使いました。今義兄はシャワールームです♥』


待ち構えているであろう二人の為に、送信してみる。

即時既読になって、スタンプがそれぞれから送られてくる。

『頑張れ』って、何を頑張ればいいのだろうか?

『ファイト!』って、どういう意味なのかな?どうしろというのだろうか。

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