第59話 妬いちゃうよ、私
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「色々あったねぇ、今日は」
クッションの上に膝を折って座った美夜が、背もたれがわりに俺のベッドへともたれかかる。
シーツの上には、綺麗な青い髪がまるで高級な絹糸かのように広がっていた。
俺はそれを横目に見て、どきりとさせられる。今日の細川美夜は、いつもに増して色気を放っているのだ。
その理由の一つが、パーカーの下に着た黒のシャツだ。
胸元にレースのリボンがついたその服は、身体のラインに沿ったタイトなもので、しかもショルダーカットを施されていた。
パーカーの裏から真っ白な肩がちらちらと見える。
しかも丈が短いせい、こうしてベッドにもたれかかり少し乱れただけで、へそがちらちらと覗くのだ。
それをあんまり意識してしまっては、思考のドツボにはまる。
見なかったフリをして、俺は紅茶をすする。
「ほんと。色々ありすぎだったな。問題も起きすぎだし」
「あー、赤松の一件? あれはビビったね、あんなことまでするなんて、もうほんと勘弁って感じ。でも、さ。思ってたのとは違ったけど、今日は楽しかったかな」
部屋に腰を落ち着けて少し。
自然と始まったのは、今日の振り返りだ。
それだけ今日は記憶に残る一日だった。色々と想定外の事件が起きはしたが、今になってみれば、それも含めてよかったものと思えている。
「でも、日野さんの態度はやっぱりよくないと思うけどねぇ。私、めちゃくちゃに言われたし。幼なじみとして、山名の監督不行き届きなんじゃない?」
「いや、梨々子はあぁなったら止められないんだよ、俺でも」
「それに、山名。私の彼氏なのに守ってくれなかったよー? 『この子は俺の大事な人なんだ! そんな言い方はよさないか!』とか言ってくれてよかったのに」
「よくないね、絶対によくない。周りに学校の奴らもいたんだし、勘違いされたら大変だろ」
「それに、日野さんの前だったしねぇ」
まぁ、あれだけ煽られたのだ。
梨々子への反感はいまだ、美夜の中でくすぶっているらしい。
返事が浮かばず、俺は再び紅茶に逃げ道を求める。
「否定しないんだ。もう、そんなの見せられたらさぁ……なんていうか、妬いちゃうよ、私」
が、逃してはくれなかった。
その言葉に切ない響きを感じて、俺は美夜の方をふり見る。
「なんてね。あは、やっとこっち見た~。ここ来てから初めて目あったんじゃない?」
そしてまた、トラップに引っかかったらしい。
美夜は頭をおなかに抱え込むように、くすくすと笑う。なんだよ、ちくしょう。人が心配したら、これだ。
「……弄びすぎだろ、俺のこと」
「あは、ごめん。でもさ、ちょっと本音」
なんて、また声と詰めて言うから、俺は続きを待ってしまう。
何度だまされても、ついつい真剣に聞いてしまう力が彼女の声にはあった。
「日野さんと山名ってほんとに仲いいじゃん? それって動画の中の私たちより、カップルっぽいなぁとか思うと、妬いちゃう」
「……知ってるとおもうけど、俺と梨々子は別に付き合ってないよ。幼なじみだから仲良くしてるだけで――」
「知ってるよ、そんなの。だから、あくまで雰囲気の話。
委員長みたいにさ、すぐ近くで応援してくれてた人もいたわけじゃん? だったら、せめて動画の中では、さ。日野さんより、もっと私と山名がカップルっぽく振る舞えたらいいなぁと思ってさ」
分かったような、分からないような。
少し遠回りな言い回しだった。
だが要するに、視聴者さんを楽しませるためにも、より恋人っぽく振る舞いたい。
と、そういったところだろうか。
大内さんの応援により、いっそうやる気に拍車がかかったのだろう。
「……じゃあ、練習に精を出せばいい話だろー。そう考えすぎるなよ」
「あは、だね。なんか辛気くさいこと言っちゃった。今のなし。頑張ろっか、また今日から。美夜ちゃん、これからはスパルタモードででいくよ?」
「恋人っぽさゼロになるわ、そんなことしたら! もういいから、編集進めような」
「はいはい。じゃあ素材、送ってもらえる?」
その流れで俺たちは、編集作業へと移っていく。
最近は、週に4本と投稿頻度を増やしているため、ストックもさほど溜まっていなかった。
熱くなった心だけで、次々に作業をこなしていく。
そうして、俺たちは忘れてしまっていた。
自分たちが疲労困憊だったことを。
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