第57話 逆恨みしないでくれる?
赤松は俺の腕をつかむと、美夜と梨々子が握っていた袖をひきはがし、ほとんど強制的にフレームの外へと引っ張り出す。そのまま、少し離れへと連れていかれた。
その手にはかなり力が入っていた。それだけで、怒りがありありと伝わってくる。
……いや、意味不明なんですが?
なにこの、『浮気現場に恋人が現れて修羅場』みたいなワンシーンは。当然ながら、赤松は俺の恋人じゃないし(考えるだけで吐き気がするまである)、意味不明すぎる。
「調子に乗んなよ、お前」
顔を鼻先が触れ合うところまで近づけて、赤松はガンをくれる。
が、それをまったく怖いとは思わない。陰キャをやるにも、精神力がいるのだ。これくらい怖いどころか、浮かんだ感想はただ一つ。
なにこいつ、野蛮すぎん……? だけだ。
大方、彼が一方的に思いを寄せている美夜を含め、綺麗どころの女子たちに囲まれていた俺に嫉妬したのだろう。
もしくは、俺のことが目に入れるだけで腹が立つほど嫌いか。
……いや、その両方かもしれないな。
「ちょっとクジ運がよかったってだけで、いい思いしやがって」
「……別に、いい思いしたつもりはないよ」
「なんでお前なんかが細川だけじゃなく、女子二人も……」
ふむ、やはり予想は的中していたらしい。
だがまあ、事情も知らずによくここまでの行動ができたものだ。
血が上ると、思考回路が致命的に短絡的になるらしい。ここまで滑稽な姿を見せられたら、逆に冷静になってしまう。
「同じ班ってだけだよ。それに、もう一人は幼馴染だしな。というか、こんなことしていいのかー? 印象悪くなるんじゃないの、細川さんからの」
「なっ、なんでてめえがそれを……!」
「分かりやすすぎるからなぁ、お前。で、どうすんの、この空気」
俺は横目に、美夜たちの方を見る。
ただならぬ雰囲気に、彼女たちは不安げにこちらを見ていた。泥仕合も中断して、固唾を飲んで俺たちの様子を窺っている。
それだけでなく、他のクラスメイト達や通りがかった観光客からも、注目の的状態だ。
「こんなところで、問題起こすのはやめないか? お互い、反省文なんて面倒だろー」
「…………ちっ」
俺が諭したことで、少し頭が冷えたらしかった。
赤松はワックスで強く上にかき上げた自慢の(?)剛毛をかき乱して、引き下がっていく。
とりあえずは変な波を立てずに穏便に済ませることができそうだ。そう、ほっとしていたところ……
「そこまでにした方がいいですよ、赤松くん」
またしても割って入ってくるものがある。
腰に手を当て、細身ながら芯のしっかりとした体躯に威厳を纏う少女は、クラス委員長・大内さくらだ。
「変な言いがかりをつけて、喧嘩を売るのはよくありません!」
さてはて、また厄介なことになった。
変人少女が、ついにその肩書どおりに委員長らしさを発揮するターンがきたらしい。
「いや、なんにもないから。大丈夫だよ、大内さん」
今入ってこられても、むしろ問題が再燃するだけだ。
あと、俺がこんな野郎に苛められているみたいで、みじめになるし!
俺は慌てて大内さんをなだめに入るが、彼女は毅然とした態度を崩さず、赤松を見上げる。
いくら大内さんの身長が高い方とは言え、それは女子の中での話だ。赤松の方が10センチ以上は高いはずなのだが、完全に圧倒していた。
そして言うには――
「あなた、全然輝いてませんよ!」
この謎のセリフ。決め台詞にしては、ピントがずれすぎている。
「は、はぁ?」
「ちょっと嫉妬したくらいで、人を蔑んで睨みつけるなんて、全然輝いてません。くすんでますよ、むしろ!」
「だ、だから、なんだよ、それ。俺がくすんでる? こいつより、よっぽど……」
「はい、くすみまくってます。誰かを好きなら好意を口にするとか、直接的に愛を伝えないと! こんなふうに、嫉妬で他人を攻撃するなんて最低です。
理想は、『日夜カップルチャンネル』のひなたくんです! あの人は、キラキラですよ!好意をちゃんと相手に伝えるだけじゃなくて、優しくて、気遣いもできるんですから。
あなたも見習ってください」
おいおい、なにを言い出すかと思ったらまたしても異次元の角度からだった。
…………ごめん、大内さん。
動画の中の振る舞いは全部演技なんだよ……、俺と美夜はビジネスの関係なだよ……、とはもちろん言い出せない。
まったく予期せず、唐突にべた褒めされながら、俺は内心で動揺する。
っていうか動画チャンネル名を思いっきり言っちゃったよ、この人!
これでクラスメイトたちが全員チャンネルを見るなんて事態になったら、身バレするのも時間の問題なんじゃ。
俺がひっそりぞっとするが、暴走機関車状態の大内さんはもう止められず、かのじょによち赤松へのお説教は続く。
まったく的を射ていなかったのだけど、
「とにかく、うちらはただ写真を撮ってただけです。邪魔しないでください」
最後だけは、実に委員長らしくまとめた。
終わりよければすべてよし、と言っていいのだろうか。
厳しい態度で、大内さんは赤松を追い払う。
高校生同士の若さゆえの争いは、竹林の優雅な雰囲気より人目を引いていたらしい。観光客の中には、この騒動の一部始終を立ち止まって見ていた者もいた。
一人が拍手をすると、それが伝播して広がっていく。
その真ん中で、大内さんは悠然とポニーテールを結びなおしたあと、いかにも誇らしげに胸を張っていた。制服の上からでも、それがたゆんと揺れるのが分かる。
高身長なだけではなく、スタイルまで抜群なのだ、このお人は。
「さて、気を取り直してもう一回撮りましょうか、山名くん」
大内さんは、俺ににかっと明るい笑みを見せる。
「あーえっと、うん。ありがとう……な」
「いえいえ、お礼を言うなら、あなたと同じ名前のひなたくんに言ってください! ひなたくんが、いえ、みやちゃんと二人の愛がうちに勇気をくれたんです!」
かと思ったら、この限界オタクっぷり。
……まじで何者、この人?
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