第56話 彼女(仮)と幼馴染
同じ班らしいクラスメイトたちとの会話を切り上げて、梨々子は俺の方へとつかつか歩いてくる。
「遅刻だよ、ひなくん」
「また細かいなぁ、おい。ほとんどセーフだろー」
「でも、班の子待たせちゃったから。誰かさんに足引っ張られてた?」
ほぼ無視だった。
誰を、ってもちろん細川さんのことを。
俺のすぐ隣、そこに太陽でもあるのではないかというレベルで光り輝く、存在感抜群の美少女をまったくないものとして扱っていた。
なんというか、ぞっとしたよね、うん。
幼馴染であるから、梨々子の性格はよく知っているとはいえ、これほど露骨とは思わなかった。
「変わり者だよね、日野って。男の趣味だけ、センス悪くない?」
「お、俺、日野さんいいなぁと思ってたけど……そっか、なんか気味悪いくらい仲いいもんな、山名と日野の二人」
ちょうど周囲にいた同級生たちがこんな声を交わすのも、彼女は当然のようになかったことにする。
いっさい動じたり、顔に出したりもしない。
「まぁなんでもいい。写真撮ろ? 急がないと、あたしが班から置いていかれる」
「あ、あぁ、うん」
俺がまだ戸惑っているうち、彼女はすっと間合いに入ってくる。
細川さんの時とは話が別だ。
抵抗感を感じることも、不必要に緊張させられることもない。
背の小さな梨々子は、俺の胸部分に後頭部を当てるように軽くもたれかかってから、スマホのカメラを高く構える。
が、それでも俺の頭の少し上程度で、フレームから俺が見切れていた。たまらず、俺は上から彼女のスマホを抜き去る。
「りり、ちょっと借りるぞ。これでいいんだろ?」
「うん、完璧」
陰キャとはいえ、動画投稿者である。他人に撮られるのはともかく、自撮りは慣れている。
手振れすることもなく、無事に撮ることができたのだが、映り込んでしまった人が一人。
端の端の方に、自分の口を指でひっぱり伸ばし、意地の悪い変顔をする美夜がカットインしていたのだ。
無視された腹いせ、なのだろうか。
……いずれにしても、泥仕合である。
「変なの映った。もう一回」
「変なの、ってお前なぁ……」
いや、たしかに精一杯の変顔ではあるが。仮にも学校一の美人相手に、その言いようはあんまりだ。
「もう一回撮っても同じことになるって、このままじゃ」
好きの反対は嫌いではなく、無関心だとはよく言う。
これまで、その無関心を徹底して貫いていた梨々子だったが、ついに美夜の方へとその顔を振り向ける。
本来なら、ここ竹林の小径は、背の高い竹が揺れる音や零れる日の光により、心安らぐ癒しスポットだ。
だが今ばかりは、さながら江戸時代の決闘を見ているかのよう。
竹の間から流れる風も、ひんやり乾いて感じた。ピリピリと、肌がひりつく。
「やっほ、日野さん。変なの、じゃなくて、私、細川美夜っていうの。覚えてくれる?」
「邪魔だから、変な顔しないで。写りこまないで」
「無視するのが悪いんじゃんか。それに同じ学校の同級生だよ、私たち。三人で映ってもおかしくはないでしょ」
美夜は笑顔を浮かべていた。
梨々子も、いつもの飄々とした表情を崩さない。
目と目で斬りあう、みたいな。
そういう表現がぴったりハマりそうな時間が続く。
思いつく打開策は、俺には一つしかなかった。
竹林の少し先へ向けて、声を張り上げる。
「おーい、大内さん! 待って、えっと俺たち撮ってくれないか!? えっと、二人ずつと三人で! あとよかったら、大内さんも映ってくれよ」
「……ひなくん、どういうこと」
「そーだよ、山名。今、大内は関係ないじゃんかー」
おうおう、なんとでも言え、二人とも。
ひいき目を抜いても可愛い幼馴染と、抜群の美人である美少女に罵られてもダメージはないに等しい。
それになにより、こんな空気をいつまでも浴びていたら、精神的にすり減って倒れてしまう。
「おっけーですよ! 任せてください」
大内さんは、ポニーテールを左右に跳ねさせながら、さすがに美しいフォームで、こちらへ駆け戻ってくる。
梨々子と美夜、二人の間に剣呑な雰囲気があることも気づかず、撮影へと入ってくれた。
まずは梨々子と二人、被写体になる。
「おぉ、まずは噂の幼馴染コンビですね! いい感じですよ、お二人の雰囲気も身長差もすごくいいです……! もう一枚いきますよ」
本当なんなんだろうか、この人は。
委員長として、バレーボール部エースとしての威厳ある姿はどこへやらだ。とにかく、致命的にズレている。
大内さんはまるでその道のプロみたいな口のうまさで俺たちを乗せて、次々にシャッターを切っていく。
「なんで、お邪魔虫とあたしがツーショットなんて……」
「ふん、お邪魔虫じゃないよ、私。さっきも自己紹介したし、美夜だよ、細川美夜。だいたいよく知ってるでしょ? 動画見てくれてるんだし」
「あたしは、ひなくんを見てるの」
未だいがみ合う二人に対しても、
「なんだか盛り上がってますね? 愛の争いですか! なんか熱い感じ! とりあえずもう少し寄ってください」
と、気にしない姿勢を取るのだ。
変人と呼ばれるゆえんかもしれないが、今だけは空気を読まない彼女の存在がとてもありがたかった。
まさしく救世主、大内さくら! なんて思っていたら、
「じゃあ最後は四人で撮りましょう!」
大内さんはカメラを向け、一気に俺へと腰を近づけてくる。まったく躊躇いなく一気に近距離、彼女のほんのり茶色がかかったポニーテールが俺の肩に乗っかり、衣服が擦れあう位置までくるので、俺は後ろに数歩後退する。
が、今度は待ち受けて居た美夜と梨々子に袖口を掴まれ、左右からひっぱられる。
俺を挟んで、にらみ合いはまだ続いていた。
……いや、いざこざの材料にしないでもらえます? 少なくとも俺を引っ張りあわないでくれ。
思いながらも、四人での撮影を行っていたときだ。
「……なんだよ、なんでお前がそうなるんだよ。ちょっとこい」
不機嫌さを、額に刻んだ皺で露わにして、舌打ちとともに首を突っ込んできた男が一人、いきなり大股でこちらへ突っ込んでくる。
その顔を見て、俺は思わずため息一つ。
跳ね上げた髪に、吊り上がった目のクラスメイト、赤松憲人だった。
よりによって、一番見られたくないシーンで、一番会いたくなかった奴がやってきやがったよ……!
まだ、波乱は続くらしい。
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