第51話 クラスメイトの後ろで手を繋ぐ?
「うち、今日はどうしても推しごとを遂行しなきゃいけないんです。だから、すいません。きつきつのスケジュールですけど、ご勘弁ください」
学年全体での挨拶が終わり、班ごとに分かれてすぐ。
大内さんが班員である俺と美夜の肩を捕まえて、真剣な顔をしているから、なにを言うかと思えば、これだった。
クラス委員にして、バレーボール部の二年生エース。
男子だけでなく女子にも惚れられたことがあるとか噂に聞くような、格好いい高身長スポーツ少女。
大人の雰囲気を纏ったレディで、どんな相手にも差別せず、丁寧かつ物腰も柔らかい。
そんな俺の中での輝く大内さくら像が、今まさにボロボロと崩れ落ちていた。
「あ、あぁお仕事だろ? そりゃ大事だわ、うん」
「山名くん、イントネーションが違います。推しを推す仕事で、推しごとです」
少なくとも、こんなことを本気の顔で言う人間だとはまったく思っていなかった。
ありがた~いご指導をくれたあと、大内さんはバレーボール部らしい健脚で、数歩先を行く。
カメラを構えて、あたりをきょろきょろ振り向き、撮影スポットを探す。
「分かんないもんだな、人って……」
その健康的で筋肉質であることが分かる背中に、俺がついこう漏らすと、隣で美夜がそれを拾う。
「山名がそれを言うんだぁ? 動画での山名の方がよっぽど「分からんないもん」、だと思うよー」
「俺のことはいいだろ、今。それに聞こえたらどうするんだよ」
「あは、のめりこんでるから聞こえてないでしょ。さくらの壊れっぷりはね、バレー部の人の間では結構有名な話なんだよ。ああ見えて、ネジが飛んでるって」
「飛びすぎだよ。何本落としたらああなるの? 壊れてないか、あれ」
「まあいいじゃん? さくらのおかげで、ルートもあっさり決められたんだしさ」
今回の校外学習は、決められた範囲内ならば、どこをめぐってもいい決まりになっている。
代わりに、ルートの作成、提出をしなければいけなかったのだが、俺たちの班のは、それをほぼ大内さんが一人で担ってくれた。
……というか、それが彼女たっての希望だったのだ。
「それに、さ。これなら、後ろで手繋いでもばれないよ? ラッキーだね、今日は。朝の星座占いも私のさそり座、一位だったし!」
「なっ、なに言ってんだよ」
「おっと、あんまり動揺したらバレるよー。……って、気付けば周り誰もいないね」
大内さんが、駅からすぐの橋も渡らないうちから、カメラ撮影に熱心になっていたこともあったのだろう。
周りに、同じ制服を着た人間の姿はうかがえない。
くわえて、嵐山は京都でも有数の観光地だ。
平日の朝10時とはいえ、周りには外国人を中心にたくさんの来訪客で、ごった返していた。
すぐそばを流れる大堰川の河川敷で酒をたしなむ者、路上で即興ギターを弾いている人なんかもいる。
時折、美夜へ好意的な視線を向ける輩はいるが、彼らだって俺たちのことなんて知らない。学校ではありえない状況が、ここでは成立している。
今日もぼさぼさヘアに仕上げ、だらしなく制服を着た俺と、いつも可愛らしい美夜。
不釣り合いだろう男女二人がこうして親しげにしていることにも、誰も大きく注目はしていない。
ふっと手の甲と甲が触れ合う。
指の隙間を探るように、その細っこくて少しひんやりとした指が遠慮がちに動いた。
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