第52話 手を繋ぐ。


「ね、本当に繋いじゃわない? というか、それくらいはね、するつもりできたんだ」

「…………練習のため?、だよな」

「……えっと、そう、あくまで練習のために。だから付け爪もしてないし、ちゃんと切ってきたから。だからさ、よかったら……って、待った」


なにごとかに気付いたらしい、美夜は突然に一人分程度距離を取ると、俺の袖をつかんで、目をこらす。


「え、なに、怖いんだけど」


俺の呟きは華麗に流して、彼女が摘まみ上げたものを見る。

目を凝らせばそれは、少し内側にカールのかかった艶のある黒髪だった。


俺のものはもう少し短いし、ここまで綺麗な髪質ではない。


「これ、もしかしなくても、日野さんの髪?」


ヒントほとんどゼロで、この名推理だった。これが女の勘というものなのだろうか。



「あー、今日くる時、色々あってくっついてたから、その時に引っかかってたんだな、たぶん。ありがとう、全然気付いてなかった。あとで、団子でも奢るよ」


俺は少しくだけて、礼を言う。


こと甘いものには目がない、というか、主食がほぼ甘いものという、超偏食美少女の美夜である。


声を上ずらせての大喜び間違いなし。

そう俺は思っていたのだが、現実にその姿はなかった。


「…………ねぇ山名」


代わりに、遠慮いっさいなしで手が握られる。爪があるとかないとかに関係ないくらい、痛いくらいにその力は強い。


「お、おい、今振り返られたらどうするんだよ」

「大丈夫、ほら、もう渡月橋に入るよ。ここ、振り返ったらダメって話でしょ、たしか」


たしかに、そんな伝承は聞いたことがあるが……。

その掟を破れば、どうなるかまではよく知らない。やっぱり危険すぎる、と思うのだけど、美夜は手を離してくれないまま、前を行く限界オタク……じゃなくて、委員長の大内さんに声をかける。


「委員長~! この橋で振り返ったら、あらゆることがうまくいかなくなるらしいよ」

「……え!? って、危ないです、もう振り返りそうになりました」


うん、危ないのは俺たちのほうだけどな? 今だって、綱渡りもいいところだ。


繋いだままにされた手が脈打つくらいには、心臓がうるさく跳ねている。

すぐ下を流れる川の流れで心を極めていなければ、呼吸を忘れてしまいかねない。


「ダメ、絶対だめだよ。推しごともうまくいかなくなるかも」

「そ、そうなんですか!? 分かりました、うち、絶対振り返りません。渡り切るまではなにがあっても。たとえ財布を落としても! 推しのためなら」

「いいよいいよ、私たちが拾ってあげるし。ただし、中身の保証はしないけど」

「ちょっ、やめてくださいよ。振り返りませんから!」


ほらね、と美夜は俺にウインクをくれる。


強行突破しやがった……! というのが俺の感想だったが、そうだ、星占い、きっと、美夜の運勢がいいから、どうにかなっているのだ。


少し先に、大内さんが橋を渡り切る。

待ちかねたとばかりにこちらを振り向きかけるその時まで、俺たちは手を結んでいた。


ぱっと離しても、まだ熱かったのだが、


「はぁよかった。これで、推しごとは継続可能ですね。次は、お抹茶出してくれる喫茶店、入りましょう! 嵐電の駅の構内にあるんです」


もっと熱い人をすぐ間近に見て、すんとそれは引いていった。


今回の校外学習は、彼女が同じ班である意味よかったかもしれない。

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