第45話 やば、結構嬉しいかも。
「四人一組くらい、細川さんは放ってても決まるんじゃないの。ほら赤松とか」
「それが嫌なの。私、別に赤松といたくないし。というか、四人じゃなくてさ……私は二人がいいんだよ」
「えっと、誰と?」
「わざと言ってる、それ? そりゃ、山名とだよ。一緒の班になりたい、私が一緒に京都に行きたいのは山名なの」
それは、本当に不意打ちだった。
俺はちょうど摘まんでいたほうれん草を、ごはんの上にぽろりと落としてしまう。
「……大人気の細川さんがなに言ってるんだよ」
「なに、って本気。旅行企画を通せなかった分、なにがなんでもって感じ!」
「……京都でも恋人の練習かよ。というか、二人は絶対無理だろ。四人って話なんだから」
そこを曲げて、二人きりの班など作れるわけがない。
ないはずなのだが、美夜はその花びらみたいな唇をにゅっと上げて、不敵に笑う。その顔は整っているからこそ、しっかり怖い。声だって、狭い廊下にこだますと、結構不気味な響きだ。
「二人は無理だけど、三人はいけるんだよ、これが!」
「……というと?」
「山名は他人に興味ないから知らないかもだけど、うちのクラスは39人なの。それで、女子が一人多い。四人組作ったら、一つは絶対3人になるの。その枠を私たちで埋めちゃうんだよ」
美夜は、もの知り顔でこう提案する。名案だとばかりに、らんらん目を躍らせる。
いくら恋人の練習のためとはいえ、美夜がこうして誘ってくれたことは素直にうれしい。
なんだかんだと言って、望んで陰キャをやっている身とはいえ、誰からも求められないことに傷つくくらいの心を持っているのだ、俺は。
が、前提としてそれは厳しい話に思えた。
「でも普通は、残った人が3人組になるだろ。俺はともかく、細川さんが残ることなんてありえないだろ。唐揚げなんだから」
「唐揚げ? え、私、唐揚げ? そんなに日焼けしてないよ、茶色くないと思うけど……」
「分かってるよ、要はそれくらい人気ってこと。どうやっても、残らないだろ」
「なるほど……。でも、まだまだだね、山名も」
どこかで聞いたようなセリフとともに、彼女はその磨き抜かれた顎に手をやり、軽くひねる。
そして美人が台無しになるくらいの、不気味な笑いをこぼす。
「そこは私に任せて。だから、一緒の班になろ。そういう約束して?」
「……俺はいいけど、どうするの」
「え、そんなの簡単だよ。前みたいに、みんなにガツンと言えば、空気が悪くなって――」
「いや、細川さん。それはやめよう、うん。あれ、後に引きずるから。クラス全員、楽しいはずの校外学習が憂鬱になっちゃうから! 前の一件、忘れたのかよ」
「だって、いやだから。私は山名と一緒に行きたいし、行けないとなると、今度は私が憂鬱になるよ?」
「それは大げさすぎだ。なにか違う策を考えればいい話だろ、もっと穏便な方法を考えればいいんだ」
「……じゃあ、約束して? 一緒に行ってくれる、って約束」
美夜は一度菓子パン袋のふちを折りたたんで膝上に置くと、右の小指だけをピンと立ててこちらへ差し出す。
つっと顎をあげて俺を見上げてくる瞳は、願い請うように潤んでいた。
「……分かったよ、約束な。少なくとも、そうなるような作戦を考えるよ」
俺は余計な事を考えないよう、こうそっけなく答えつつも、小指を合わせる、
ふにゃんと柔らかくて、しかも細っこいその指は、これ以上触れていてよいものかすら怪しかった。
思ったより冷たいその感覚は、俺の熱くなった思考を払ってくれる。
少し遠慮気味に、力を入れないでいると、彼女はぎゅっと一際強く、指を絡め返してきた。
空いた左手を、シルクみたいに磨き抜かれた頬に当てる。
「……あは、やば。嬉しいかも、結構マジで」
「爪長いな、細川さん。食い込んでる、結構マジで」
「え、うわ、ごめん! ネイルしてたんだった。えっと。とりあえず約束ね、指切った!」
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