第44話 売れ残りの惣菜と大スター・唐揚げ



ブレザーに籠り二人で温めあったおかげか、それともお姉が車(10年物のワゴンの軽!)で迎えに来てくれたおかげか。


その後の俺たちが、風邪を引くことはなかった。


「あーでも、思い返してみれば残念かも。風邪を引いておけば、お見舞いイベントが発生してたんだよ? それってめっちゃ大チャンスだったんじゃない? レアイベだよ、きっと。ゲームのガチャで言ったら、Sランクイベントだよ……っと!」


美夜が例のごとく、ジャムパンの袋を開けるのに苦戦しながら、こんなふうに冗談を飛ばせるのも、健康であるから。


ため息まじりの呟きは半ば独り言みたいな、ささやかさだった。

しかし別館の廊下では、狭い空間に反響して籠る。


最近では、ここが昼休みの定位置だ。


体育館裏でクラスメイトたちと遭遇したときのような危険はもう犯したくない。

もっとも人気のない場所をと色々試した末、スタート地点であるここに帰ってきた。


「二人同時に風邪ひいてたら、お見舞いなんてできっこないだろ。それに、俺の方はまず無理だろ。真っ先に来る人もいるから」

「あー…‥言われてみれば。第二のお母さんが黙ってないね。絶対近づけさせてくれなさそう。『うちの子に寄らないで、きぃっ!』ってハンカチ噛むの」

「……いや、そんなキャラじゃないからな、梨々子」



あの雨の日以降、より恋人らしく振る舞うための練習は、本当になし崩し的に再開となった。


授業中、先生に当てられて答えられなかった俺をフォローしてくれる。

先生の手伝いで荷物を運ばされていたら、積極的に手伝ってくれる。


こうした行動に、俺はひそかに感謝していたのだが、実のところは恩を売られていたらしい。


『受け取ったものは返してね?』


と脅しみたいなメッセージがあり、その日のうちに昼休みにはまた、こうして呼び出されるようになった。


恋人には程遠い、まるで任侠みたいなやり口だと思うのだが……彼女はそれを特段気にしていないらしい。


今も嬉しそうにジャムパンを口に頬張っている。

と、それを飲み込んで、


「そんなことより! 大事な話があるんだよ、今日は」


途端に真剣な調子で、彼女は俺の目をのぞき込む。


その綺麗すぎて、まるで星でも散らしたみたいな群青色の目に吸い込まれないで済んだのは、話の流れがまったく理解できなかったためだ。


「……なんかあったっけ? 記憶にないんだけど」

「大ありだよ。ほら、校外学習の話! 京都に行くってやつ。あれ、5限のロングホームルームで班分けがあるんだって。朝、先生が言ってたじゃん」

「あぁ、それか……。男子2人、女子2人の四人一組で班組むって話の、あぁ……あったな、そんなのも」


言いながらにして、どんどんとトーンダウンしていくのは、俺からすれば当然だ。


誰とも関わらないでいたいと言うのに、四人一組を強制されては回避のしようがないではない。


そもそも美夜の一件もあり、クラスで腫れ物扱いされている俺だ。


間違いなく、各所で譲り合いが発動してしまう。

さながら、総菜コーナーで最後まで売れ残る筑前煮だ。

半額シールがついていても、引き取り手が見つからない。



一方、目の前の少女は、そんな俺とはくるり翻って正反対だ。

男女問わず誰からも愛され求められ、引く手あまたに違いない。


お惣菜で例えるなら、やはり唐揚げだろうか。開店してすぐに売り切れが当たり前の超人気者で、大スター。


「四人一組、ほんと面倒だよねぇ」


だが、そんな彼女もなぜか憂鬱らしかった。


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