第40話 なんで、目を逸らすの
ほとんど人のいなくなった学校を後にし、校門を出る。
いかんせん、ただの折り畳み傘だ。肩を寄せ合うようにして、ゆっくり歩いても、とてもじゃないが二人は入りきらない。
「ごめん、結局濡れてるよな」
「あは、いいの。というか、山名のほうこそ濡れすぎ。私に遠慮しなくていいのに」
「してないよ。俺はこれくらいで風邪ひいたりしないから」
「それを言うなら私もだよ。美夜ちゃん強い子!」
そう笑う彼女だが、傘の先から雨粒を浴びて前髪がでこに張り付いていた。
ほかにも化粧が少し落ちてしまっていたりと、不快な状態に違いない。
そのはずなのだが、むしろ機嫌はよさそうだった。
表情も声も、この薄暗い天気を無視した、太陽のごとき明るさ全開だ。
「えと……細川さん、なんでそんなに嬉しそうなの? 雨、好きなの」
「あは。雨は好きでも嫌いでもないかな。強いて言うなら、いい恋人の練習ができてるからだよ。そういう意味じゃ、雨にも感謝してる。ね、明日からは練習再開していいよね」
「……えっと、そういう話になる?」
「なるよ、なっちゃうよ。少なくとも私はこのままなし崩し的に、そう転がすつもりだよ」
「それ、俺本人に言っちゃっていいの」
「あは、私正直者だからねぇ。そんな女の子の方がいいでしょ?」
そう言って彼女は会心の笑みでこちらを覗きこむので、俺は顔を逸らす。
その服を正面から見るのを避けたかったのだ。ブレザーを着ているとはいえ、その下でシャツは肌にべったり張り付いている。
着けている下着が、水色だと分かってしまうくらいには。
見た目だけではない。もうさっきからずっと、彼女の胸元につけられたリボンの下から漏れる、むわっと蒸れた甘い匂いに、ノックアウト寸前なのだ。
「なんで、目逸らすの……って、あぁ」
彼女はやっと、あられもない自分の恰好に気付いたらしい。自分の胸元を見つめて少し固まったかと思えば、
「へぇ、こういうのドキドキするの? 意外かも」
いつもの彼女みたく、揶揄いモードに突入してしまう。ふくよかな丘の上、わざとらしく手を置いて、まばたきをする。
「だって、いつもはもっとくっついてるじゃん。香水つけても、唇を耳に寄せたって、びくともしないじゃん」
「……それ、動画に関係ある時だけだろ。というか、その格好じゃ俺だけが見た見てないって話じゃすまないし。人が通りがかったら大変だっての」
「…………わお。それ言われたら急に恥ずかしくなってきたかも」
まったく忙しい人だ、細川美夜は。
急に首を下にして俯いてしまったと思ったら、そのまま黙り込んでしまう。足取りも重くなっていく。
横目に見れば、耳たぶまで真っ赤だった。
濡れて冷えているはずのうなじまで、朱色がさしている。
こりゃあ重症だ。俺は傘を前に傾け彼女を隠すと、避難場所を探す。
「ここしかないか……」
苦肉の策だが、しょうがない。
すっかり静かになった彼女を連れて入ったのは、公園の中にあったドーム型の遊具だ。
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