第39話 細川美夜は、読めない。
「あは、変なこと言ったね、今のなし! 動画ならカットしてほしいシーンだよ、記憶からなくして?」
本当に読めない人だ、細川美夜は。
最近はやけに押しが強いと思ったら、一転して、「恋人の練習はしない」という約束を律儀に守ろうとして、教室で一人落ち込んでみたりするのだから。
こんな姿を見せられると、ついあるはずもない勘違いしそうになるが、それは厳禁だ。
俺たちの関係は、あくまでビジネスにすぎない。
ただ俺とて、まったく割り切れているかといえば違った。俺の方だって、多少なり揺らいでいる。
「……なんとなく、分かる。少しだけ物足りない気はしてたよ、俺も」
「む、忘れてって言ったのに。でも、そっか、山名も。それはなんというか……、えっと、光栄です、はい」
「全然そんなこと思ってないだろ、それ」
「ううん、そんなことない。嬉しいよ? いくら動画の中だけのニセ彼女とはいえ、まったくどうでもいい存在だって思われてたら辛いじゃん? だから、うん。この豪雨が上がっちゃうくらいには、嬉しいかな」
「調子のいいこと言って、しばらく上がらないぞ、これ。どうすんの」
俺は窓の外でいまだ振り続ける雨粒を見やる。
さっきより少し粒の大きさが小さくなったとはいえ、やむ気配はまったくない。
「まぁ待つよ、もう少し。それでもダメなら、六時には帰るから心配しないで」
「……あのさ、入ってくか、これ」
折り畳み傘を手にこう申し出たのは、自然の流れだった。
雨が降って暗くなるのも早いのだから、このまま残ると言われて、放置はできない。
「え、いいの? だって、ここ学校だよ? 恋人の練習はしないんじゃないの」
「クラスメイトなら傘に一緒に入るくらい……」
「ないよ、普通! だって、こんなの相合傘じゃんか。恋人とか好きな人とかじゃなきゃしないよ。それ以前に、誰かに見られちゃうかもよ? いいの?」
「……この雨なら、顔を覗かれなきゃバレないだろ、きっと。いいから行くぞー。来ないなら、もう行くけど」
俺は鞄を背負いなおして、教室を出ていく素振りを見せる。
「あぁ待って待って! すぐに準備するから!」
うん、思ったとおり。
つべこべ言う隙を奪うことで、重い腰を上げさせることができた。
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