第38話 大事な物を失くしちゃったみたいな。


いつもなら、周りにたくさんの友達を侍らせて、その中心でにこにこと笑顔を浮かべている明るさの権化みたいな彼女だ。


それがどういうわけか、放課後の教室で一人、スマホいじりときた。


そのイメージとの落差には、パートナーとして心配にさせられる。実際、今も返事がないので、


「どうしたんだよ、なんか悩み事?」


気さくさを装って、できるだけ重くならないようにこう聞けば、美夜はスマホを机に伏せる。

明かりを失って、教室がさらに暗さを増した。ほとんど視界が効かない。


「……えっと、山名。私に話しかけていいの? 私も喋っていいの?」

「むしろ、なんでダメなんだよ」

「だって、学校じゃ恋人の練習はしないって話になったよね」


「別に、話しかけられて答えるくらい、普通のクラスメイトの範疇だと思うけど」

「あ……あは、そっか。言われてみれば、そうだよね。でも、山名って普段は誰とも喋らないから、口を聞いちゃいけないのかと思ったよ」


とくに落ち込んだ様子ではなかった。

耳ざわりのいい、少し跳ねるような声で彼女は笑う。誰しもの心をあっさりと掴んでしまえる、その明るさは健在だ。


だが、いずれにしても気になることだらけだ。


「で、なにやってたの、こんなところで」

「傘忘れたんだよね、今日。そしたら、この豪雨でしょ。落ち着くまで少し待たなきゃ、と思ってさ」

「電気つけてなかったのは、関係ないの?」


「ないよ、まったく。ただスマホいじってただけ! さっき、お手洗い行って戻ってきたら、誰もいなくなって電気も消えてたの。ウケるよね」

「いや、これっぽちもウケないし。電気付ければよかっただけじゃないの」

「ないの。まあ、なんていうか、あぁいう暗いところでスマホいじるの好きなんだよねぇ。逆に落ち着くっていうかさ」


なんだよ、それ……。

暗がりから響く彼女の緩みきった笑い声で、肩からごっそりと力が抜ける。


「なーに、心配してくれたの? 私が悩んじゃってるとか思ってくれた?」

「……わりと本気でそう思った」

「あは、ごめんごめん。まぁ実際、さっきまでは少し落ち込んでたんだけどね。山名と話したら、あっさりどっか飛んじゃったや」

「俺、なんにもしてないけど」

「そんなことないよ。ほら、山名から話しかけてくれたじゃん? 今日一日ね、恋人の練習しなかったじゃない?

それだけで、なんかこう大事な物なくしちゃったみたいな……、とにかくそういうマイナスな気分だったんだよ。たぶん最近は、山名と喋るのが当たり前になってたからかな。

だから、こうやって喋れて嬉しかったの。ただそれだけ」


美夜は少しずつ、選ぶかのようにして言葉を紡ぐ。

それからちょっと重くなりかけた空気を振り払うように顔をあげ、能天気に笑った。


その笑顔に、不意にどきりとする。

いつも、何回も見てきた笑顔のはずなのに、どうも今日はおかしい。

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