第19話 恋人そのもの

本当は宿題をやるつもりだったページを丸ごと使って、真剣に本気で、似顔絵を描き返してみる。


……ただ終わってみれば、求められていたものにはならなかった。

完成したものは、なぜか普通にクオリティが高く仕上がってしまったのだ。


髪型も特徴はとらえているし、ぱっちりとしつつも、きりっと凛々しい瞳も、きちんと細川美夜だと分かる絵だ。


俺の美術の成績は、5段階で2と正直、高くない。

だからこそ動画用に分かりやすく手を抜くなんて器用なことは、できようがなかった。


「……なんだ、普通にうまいじゃん。え、悔しい。なんなら負けてるかも。うますぎる。もしかして、裏でこそこそ練習した?」

「してないしてない。本当に」


ただ、本当になぜか偶然にも綺麗に書けてしまっただけだ。


だが、動画でそんなことを正直に言っても面白くない。

やはり、多少は脚色されていたほうが面白いはず……!


「もしかしたら、みやのことはよく見てるから、うまく描けたのかもな」


と、俺は笑いながら、かつ美夜の頭にぽんと手を置いて言う。


カップルチャンネル的には、なかなかいいコメントを生み出すことができたのではなかろうか。

そう一人満足していたのだけど、


「…………ふえ」


美夜はそうではなかった。顔を真っ赤に染め上げて、それからすぐに恥ずかしそうに袖で覆う。


ここまではカメラを意識しているのかと思ったのだけど、彼女は俺の背に隠れるように裏へと入ってしまう。


カメラには絶対に残らないような小さな声で、


「……ずるいよ、山名。不意打ちなんてさ」


とささやくではないか。


俺は俺で、それを拾い切れなかった。単純にどきりとしてしまって、なぜかぴんと背筋を伸ばす。


「そ、そこまで恥ずかしがることじゃないんじゃないの」


こう、無難な返しをするのがやっとだった。



はたして、それが本音から漏れた言葉だったのか、それとも動画の演出のためだったのか。

美夜の真意が分からぬうちに、ひとまず撮影が終わる。


恋人らしさの練習のため、そのままの近すぎる距離感で残りの宿題を終わらせ、夜も深まってきていたため、そこで解散となった。


その日撮った動画の編集は、俺の仕事になっていた。

美夜が帰ってから、一人で見直してみる。


……なんというか、いたたまれなかった。


動画を見返していただけだというのに、なぜか俺がどきどきとさせられる。

冷静になってみてみたら、ビジネスではなく本物。本物の恋人同士による微笑ましいホームビデオにしか見えなかったのだ。



なんでそう思ったのか、自分でも明白な理由は分からない。けれど、俺には一つだけ確信のあることがあった。


この素材を残しておいて、もし梨々子に見られてしまったりしたら、ぐちぐちと突っ込まれるに違いない、と。


俺は意地だけで、その日のうちに編集を終わらせ動画のアップを済ませた。



……この投稿がなぜか伸びて過去最高の勢いでPVが回っていることは、翌朝、美夜からのメッセージで知った。


『もしかしてさっそく、恋人っぽくなるための練習の成果が出たんじゃない?』


こうもすぐに結果が出ては、いよいよ否定のしようがなくなる。


コメント欄に『理由は分からないけど、いつもよりドキドキした』『今日の2人、甘すぎです。おかげで今日は3回見ちゃいました』なんて声が溢れたことも決め手になった。


かくして、美夜と俺との恋人らしさを得るための練習は、続行となったのであった。



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