第20話 恋の奈落に落ちちゃった(美夜 SIDE)



突然、距離を近づけすぎたかしら。

あんまり急に攻めすぎて、引かれていないだろうか。


ふと、動画を編集していた手を止めて、女子高生らしさの塊みたいな甘いカフェオレを口にしたりなんかして、私が思い浮かべるのは恋人のことだ。


こう言うと、のろけているみたいだが、残念なことに違う。

彼――山名日向と私の恋人関係は、あくまで動画内のみの話。たいへん、たいへんに残念なことにビジネスのみの関係だ。


最初はむしろ、その割り切れた関係性がありがたかった。

ずっと、このまま変わらないでほしいと思っていた。


恋愛をするつもりで動画を撮りはじめたわけではなく、真面目に取り組みたいと、心から思っていたからだ。



はっきり言ってしまえば、私は結構いやいや、かなーりモテるほうだったりする。



男女のグループに所属していたら、なぜか必ず誰かに告白されるのだ。

自慢とかじゃなくて、むしろ問題だ。


結果、グループ内の関係が私のせいでこじれ、気まずくなって抜ける、という負のループを何度繰り返してきたことか。

かつては、私がなにも言ってないのに、勝手に男同士で殴り合ったなんて事件もあった。


まるで親友ですよ、みたいな顔をして近づいてくる男たちも、結局はみんな下心を持っていた。


あくまで友人として親しくしていたのを勘違いされて、喧嘩になったこともある。女友達が好きだった男子が私に告白してきて、以後、仲違いしたことだって。



ほとんど見ず知らずだった山名日向に私がSNSで声をかけたのは、そんなことが続き、家庭問題までからんできた時期だ。



動画投稿で将来まで見据えて、自分の力でお金を稼ぎたい。


そんなふうな思いを持ってはいたが、もうグループだとか、恋愛感情だとかには、うんざりとしていた。


でも、まったく関係のない輪の外の人とならば、できるかもしれない。

そう考えた。



そして実際、山名日向は私がまさしく求めていたパートナーだった。

不要な干渉を一切してくることはなく、撮影が終わったら、まるで他人かのように


「じゃあ、細川さん。今日も一日お疲れ様でした」

「お疲れさまでした」


こんなやり取りだけで、解散することはザラだ。たまに話をしても、編集の仕方とか、アプリやソフトの話、動画の投稿内容の議論くらい。


私たちの関係は、超がつくほどビジネスライクだったと記憶している。


はじめこそ、あんまりの塩対応ぶりにびっくりしたが、当時の私にはそのさっぱりとした関係がとても心地よかった。


お互いのことを深く知りもしない、家庭の事情も、恋愛事情も友人関係も生活も、深くは突っ込まない。

いい動画を作れれば、それでいい。


どれだけ傍にいても、プライベートとの間に引いた一線を絶対に超えないその関係が、お互いの信頼の証のようにすら思っていた。



それが私の中で崩れたのは、つい最近だ。


そんなことが起こるとは思ってもみなかった。だが、それはまるで天災のように、青かった空が突然半分に崩れ落ちるみたいに、私に降り注いできた。


……なんて言うと、おおげさすぎる。

きっかけは、別になんてことない、些細なことだ。


視聴者さんのコメントを見ながら晩ご飯(メロンパン)を食べるという、このところのルーティンをやっていた時、それは転がってきた。


『ひなたくん、みやちゃんのスカートの中が見えないように、カバーしてあげてる。ほんと素敵なカップルだなぁ、この二人』


そう、書かれたのは、『ひなたの待ち受け写真が別の女の子とのツーショットだったら?』という動画。


カップル系の投稿者なら誰でも一度は撮るようなテンプレ動画だ。



コメントを見てから、改めてチェックをしてみると、たしかに自分の服装は中々にきわどかった。


そのうえ、怒って嫉妬している感を演出するために結構激しく動き回っていたこともあり、スカートがひらひらと揺れるたび、自分のことなのにハラハラするほど。


それを本当にさりげなく、日向は逐一カメラの位置を気にしながら、手や身体を使って、うまく隠してくれていた。


「……なに、これ。山名、そんなことまでしてたの」


自分で編集した動画なのに、言われてやっと気づいた相方の気遣い。



意識をすると一気に顔に火照りがのぼってきて、もうノックアウトだった。


たったそれしきのこと、たまたまかもしれないし。


なんて思おうとしても、気付いたら何回もその動画を見てしまって、動画の中で動き回る日向に、きゅんと胸を揺すられた自分がいることに気付いた。


そして気づいてしまったところからはもう、階段でつまずいたときみたいに、私はどんどんと恋の奈落へと落ちていった。


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