第18話 繋がれたままの手。



一度、冷静になって考えた結果、俺はひとまず今の状況を肯定的にとらえることにしてみた。


少なくとも、美夜が前向きに動画に取り組んでくれているのは、俺にとってもありがたいことに違いない。


俺はこのチャンネルの運営を本気で行い、将来的に末永く続けていけるよう登録者をもっと伸ばしたいと思っている。

彼女がより力を発揮してくれれば、その夢がかなう未来はぐっと手繰り寄せることにも繋がる。


これはビジネス的に見てもウィンウィン。

そう考えることで、余計な煩悩を払うことに成功していた。


「ね、集まったんだし今日はゆるめの企画撮っちゃおうよー、どうせだし、せっかくだし、この場のノリでさ♪」


だから、美夜が唐突に、予定外の撮影を申し入れてきた時も、俺はそれをすんなり受け入れられた。


本来は編集作業のみの予定だったが、髪型と服装をセットし、化粧を施したうえで撮影へと入る。


カメラを前にして、俺は息を整え、気持ちを入れ替えた。

ここから先は、実際にどんな関係であろうが、俺と細川美夜は彼氏と彼女の関係だ。


どれだけ、べったり近くにくっつかれても、俺は表情を固くしてはいけない。必要以上に顔を赤くしてもいけない。


カメラの前は、劇の舞台に同じだ。あくまで平常通り、カレカノを装わねばならない。



「今日の企画は、テスト反省会です~! 実はこの間、実力テストがあったんだけど、その間違いを直してくるのが今週の宿題になってまして……。私、実はやらかしました」

「知ってるよ、俺。美夜が散々な結果のテストだったこと。英語なんて、一桁だったよな、たしか」

「はい、そこまで! 私の馬鹿さが全国に駄々洩れになっちゃうから、今のところNGね、使っちゃダメだよ? ドントユーズ!」


美夜は、長いまつ毛に縁どられた綺麗な流線形の目をぎゅっと瞑って、大きく首を振る。

そのたびに、ふわふわ甘やかな香りが隣から舞うけれど、俺は反応しないように堪えた。


そして、その小さな頭を軽くポンと叩く。


「そんなわけで、今日は彼氏の俺が美夜に勉強を教えながら、間違えたところを一緒に復習していきます! ゆるめの動画なので、生暖かい目で見てあげてください!」


こうして入りを撮り終えた俺たちは、カメラの位置を動かして、机の近くにフォーカスを当てる。

そして、実際にテストの復習を開始することとした。



今回の企画は、本当に宿題をかねているのだ。


「みや、本当に少しは勉強したほうがいいんじゃないか……?」


動画という体裁を取りつつも、今回の発言ばかりは本音だ。

このままじゃ、進級すら危ぶまれるような、さんざんな結果である。


ちなみに俺は85点。授業はあまり聞いていないが、勉強はもともとまぁ得意な方なのだ。


「美夜、本当に英語だけはダメなんだよねぇ。生理的に受け付けない、っていうか。聞くだけで頭痛くなってくる感じ」

「言ってても仕方ないだろ。必修科目なんだし。……おい、というか、高校生にもなって『library』の綴り間違えるってありえるか、普通……。こんなの中学一年生レベルだろ」

「あー、もう読み上げないでってば~!」


だが、まぁ頭が悪い、というのは動画的なキャラ設定で考えれば悪くない。


キャラの対比的にもうまくいくし、なんだかんだと言って、動画を盛り上げる分には使える。


美夜が間違えていた問題を取り上げながら、面白おかしくやりとりをしつつ、順番に直しを進めていった。


「……そろそろ離れないか? もう、くっついてる絵は十分撮れたんじゃ……」

「だめだよー、これも恋人っぽく振る舞うための練習だし」


……どういうわけか常時、彼女に右手を握られたまま。


俺は左利きで、彼女は右利き。

たしかに字を書く分には問題ないのだけど、動画が回っている中とはいえ、さすがにずっと繋ぎっぱなしというのは、どうにも落ち着かない。


これまでは動画の撮影中でも、使わない箇所では、距離を取るなどしていたのだ。


「えっと、そろそろ一回、離れよ? な? じゃないと、次は過去分詞間違えてるとこ、暴露するぞー」


慣れない状況に手汗をかきそうになって、俺はちょっとした脅しを交えて、提案する。


それをどう受け取ったのやら。

彼女は手を離してくれる代わり、むすっと拗ねたように黙り込む。

かと思えば、ノートを自分のところに抱え込むようにして、黙々と取り組みだした。


「……動画、撮ってるの忘れてませんか、みやさんや」


少し茶化しながら、こう聞いてみるが、それすら届いていないようだった。

一心不乱にペンを走らせたと思えば、急に顔を上げて、俺にそれを見せつける。


そこに書かれていたのは、きれいな絵だった。

ぱっと見ただけで、俺を描いてくれたのだと分かる。妙に美化されていたのは、動画のためだろうか……。


「ふふんー、だ。私、知ってるんだからね。ひなたが、絵描くの下手くそなこと。前に企画で見たしね。どう、描けないでしょ、ここまでの絵は! 描けなかったら、手を繋ぎなおすこと!」


見え透いた挑発だった。

動画が回っていない中で受けていたなら、受け流していたかもしれないが、カメラが回っているならば話が違う。


「やってやろうじゃねぇか……!」


動画の盛り上げどころなんかも考えたうえで、受けて立つことにした。

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