第9話 思わぬ待ち伏せ



学校が近づいてきたところで、俺はいつものルーティンに入った。


例のラメだらけな手鏡を取り出し、できるだけ地味高校生になり切っていることを確認する。


寝ぐせつきの髪型に、服装は中のシャツが若干見えるくらい、それから眠そうな半目になるのがポイントだ。


「……それ、まだやってるの」


俺の足取りがゆっくりになるのに合わせて、ペースを下げた梨々子からは、呆れた視線が注がれる。


が、俺には大事な儀式の一つだ。


「こうしておけば、誰とお関わりになることもほとんどないからな。学校生活が楽なんだよ」


昔、とある事件があって以来、俺はずっとこうだ。


そりゃあ友達がいるにこしたことはないと思うが、トラブルの種になるくらいなら、最初から余計な関係は築きたくない。


「ひなくん。考え方が根暗すぎる。幼なじみながらびっくりする」

「それを言うなら、りりの腹黒さも同じくらい、びっくりする話だっての」

「でも、あたし、友達いる。ランチも、クラスのみんなと食べてるし。腹黒さなんか、バレてなきゃそれでいいの」

「俺はぼっちだって、バレてもいいんだよ。そういう意味では、りりよりオープンじゃない?」


屁理屈をこねながらも、ばっちりダサくて目立たない高校生になりきって、校門へと入った。


「ほんと同じクラスじゃなくて残念だよ、俺は」

「ん。あたしも」


なんて、本心から思ってるんだか、ただの軽口だか分からないやりとりを交わして、梨々子とは昇降口で別れる。


そうしたら、あとは基本ずっと一人だ。


教室に入ったところで、誰の挨拶も俺には向けられない。

ただし、奇妙な視線は送られてきていた。


赤松などはその目をすがめて、俺を半睨みしてくる。


……おー、こわ。いつからヤンキー漫画の舞台になったのこの高校。


なんて思いつつも、それら全てをスルーして俺が向かった自席は、運よく窓際、しかも大きな柱の裏だ。



カーテンの内側に隠れてしまいさえすれば、授業中どころか、ほとんど常に誰からも姿を消せる。

根暗なお一人様には、もってこいな席だった。


まだ一学期がはじまって二週間だが、できれば今後ずっとこの席をキープしたいと思うくらい早くも愛着を覚えていた。


今日も一日、優雅なステルス生活してやる!


だなんて俺は半分夢実気分だったが、結論から言えば、すでに打ち壊されていた。


カーテンをめくり、席につこうとすれば、そこには先客がいたのだ。


「…………なにをやってるんだ、細川さん」


やっほ、と軽く手をあげて、朝日の輝きを跳ね返したリップを緩ませ笑うのは、細川美夜。


その圧倒的な美貌と、持ち前の落ち着いた明るい雰囲気で、クラスの女子でランキングをつけるとすれば、一人だけ殿堂入り扱いになるだろう、カースト最上位の女子だ。


ただし、本人にそんな自覚はなさそうだし、自然体で振る舞っているようにしか見えないが。


なんにせよ、分からない。

なんでこんなところにいるの、細川さん。

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