第8話 清楚系腹黒幼なじみ
翌日は、さわやかな快晴だった。
季節は4月中旬。新学期を祝うように満開になっていた桜も、すっかりすぼみ、じりじりと暑くなってくる季節だ。
今朝もブレザーを着ているとシャツの少し内側が汗ばんでくる。
日焼け止めすら効果のなさそうな、直射日光だった。
動画の映りに影響を出したくなかった俺は、制かばんでもって、それを避ける。
同じく通学中の生徒たちからは寒い目が注がれるが、知ったことか。
無視して歩いていたら、少し後ろからは小さな声が漏れ聞こえてきた。
「ひなくん。昨日、あたしのメッセージ無視した」
せっかくの気持ちいい朝だというのに、湿気たっぷりの恨み言をぼそぼそと呪詛の様に呟く彼女は、俺の幼なじみ・日野梨々子だ。
家が近く、また親同士の気が合ったことから幼稚園の頃に知り合い、こうして今でも一緒に通学をする仲の少女である。
「動画の撮影が長引いたんだ。本当に悪かったと思ってるよ。でも、ちゃんとご飯の時間には間に合っただろ? 美味しかったよ、作ってくれてありがとうな」
「誤魔化されないよ、あたし。帰ってくる間も連絡が欲しかった」
「……そういうものなのか、普通?」
「幼馴染なんだから、逐一連絡するくらい普通。今どこを過ぎた、とか、あと何分、とか定時連絡するべき。ひなくん、知らないの?」
いや、そんなトンデモ理論は、よそではとんと聞いたことがない。
が、彼女がその小さな頭をこてんと傾げ、真顔で言うと、それが正しいかのようにも思えてくる。
前髪をぱっつり落とした黒髪ショートは学生のお手本のような髪型だし、誰しもが折り返して短くしようとするスカートも、彼女はきちんと膝丈、校則どおり。
この間、いたずらな風でめくれあがったこともあったが、中には体操服の半パンを着用していた。
ほんのりだけ焼けた肌も、そこに収まるぱっちり丸い目も唇も、彼女はいっさい化粧なしの自然スタイル。
それでも、うちの幼馴染は、日野梨々子は抜群に可愛いのだから、その素材のよさが分かる。
150センチという身長も相まって、小動物的な印象で男女それぞれから人気も得ていた。
実際、紹介してくれ、とせがまれたこともある。もちろん、即断ったが。
大事な幼なじみだ。少なくとも、ナンパな輩は近づけたくなかった。
「それで、ひなくん。動画投稿の方はどう? 登録者がじわじわ増えてるのは、ちゃんと見てるけど」
「ああ、別に大きな問題は起きてないよ。ちょっと伸びきらないのに悩んでるところだな」
問題と言えば、昨日、美夜と交わした『恋人らしくなるため、練習をする』という謎の約束がそれにあたるのかもしれない。
だが、いくら幼馴染相手とはいえ、そんなこっ恥ずかしいことを相談はできないので伏せておく。
それに、具体的になにをどうやって練習するのか、まだ決めていなかったということもある。
「今のところ順調って言っていいんじゃないかな。変なアンチもついてないし」
「アンチが湧いたら、あたしが潰しとくから安心して」
「まじでやりそうなトーンで言うなよ……。別にほっといてくれていいからな? そういうやつは、下手に刺激したくないし」
梨々子は、俺の一言に、なぜだか一瞬すごく残念そうに肩を落とす。
それからもう一段さらに声の調子は下がって、はぁと聞えよがしなため息をついた。
「でも、そっかー順調なんだ。それはのっぴきならないかも」
「なんで、ちょっと残念そうなんだ?」
「ちょっと残念だからだけど? あたしはひなくんを応援してはいるけど、それはあくまで単推しだから。……いまだに、ひなくんが細川さんとカップルチャンネル始めたこと、不覚だと思ってるし」
「……なぁ改めて聞くけど、りり、ってなんでそこまで細川さんのこと目の敵にしてるんだよ」
「あたしは、山名のおばさんに、日向のこと頼まれてるから。余計な虫がついたせいで、日向のこと見られる時間が減っちゃったし」
あのド級の美人を、10人通りがかれば女子も男子も関係なく10人ともを振り向かせるあの細川美夜にむけて、「余計な虫」と言い切れるのは彼女くらいだろう。
こんな愛らしい天使みたいな見た目をして、腹の中はドス黒いタイプなのだ。毒蛇を飼っているとでもいうべきか。
「細川さんとはなんにもない、ビジネスだって、何回も言ってるだろ」
「うん。何回も聞いた、それ。だから同じことを返す。知ってる」
ここで、一度話が途切れる。
他の女子との会話なら、ここから無理にでも話題を探しに行く超疲れるかつ無駄極まりない時間が発生するが、俺と彼女の間で、それは起こりえない。
会話がなくても、家族とならば気まずくないのと同じである。
「徒歩通学って、毎朝大変だよな。なんで学校はバス禁止なんだ……」
「それも毎日聞いてるかも、あたし」
二人、つかず離れずの距離で川沿いをのぼっていく。
少しだけ前に出た梨々子の細い足首のうえ、ミサンガが揺れるのが見えた。あれが歩くたびに跳ねるのを見るのも、もう見慣れた光景だ。
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